あなたが生きるわたしの明日
これ以上考えていると泣きそうなので、テレビでも買いにいこうかと考えながら起き上がると、壁にかかったカレンダーが目に入った。
私が陽子さんに憑依しているのは三十日間だから何日まで陽子さんでいられるんだろう……と数えながらカレンダーをめくると、ちょうど三十日目の日に丸がしてある。
そして、そこには太いサインペンで大きな丸がしてあり、“誕生日”と言う文字と“決行”の文字が書いてある。
誕生日というのは誰のだろうと首をかしげた。
「やっぱり」
思い付いて、財布のなかから免許証を取り出すと、その日は陽子さんの三十九歳の誕生日だった。
誰の誕生日かはわかったけど、“決行”とはなんのことだろう。
自分の誕生日に、陽子さんは一体なにをしようとしているのだろう……。
洗濯機を回していると、陽子さんのスマホがブルブルと震えた。
見てみると電話がかかってきているけど、番号が登録されていないのか、誰からなのかはわからない。
スマホはしばらく振動を続けていたけれどやがて止んだ。
履歴を見てみると、同じ番号から何回かかってきているけど、そのすべてに陽子さんは出ていないようだった。
洗濯が終わるまでの間、テレビがなくて暇だったので、スマホでニュースを見ていると、ふいに昨日の会話の中に出てきた“させん”の意味を調べようと思っていたことを思い出した。
検索エンジンで“させん”と入れようとして手が止まる。
検索履歴のところにある文字を見てしまったから。
ーーー楽な死に方ーーー
「陽子さん……」
心の中がざわざわとする。
震える指で押してみると、さまざまな自殺の方法がのってあり、ご丁寧にメリット、デメリットまで書いてある。
「これってもしかして……」
スマホをソファに置き、クローゼットの扉を開ける。
「やっぱり……」
この間見た、炭のようなもの。
消臭にしてはやけに大きいと思ったそれは、練炭だった。
頭の中でいろいろなことが繋がる。
不倫
“させん”
練炭
楽な死に方
ーーー決行ーーー
「させないから……絶対」
十八年間。
楽しく生きていけたらそれでいいと思っていた。
将来のこととか、人生のこととか、あんまり深く考えたこともなかった。
頭がいい方ではなかったから、県内で下の方から数えた方が早い、名前が書けたら入学できるといわれている高校にしか入れなかったけど、それでも楽しければいいと思ってた。しいて言えば、妹の方が頭がよくて、それに対しての劣等感があったけれど、それでも死にたいなんて考えたことなんて今まで一度もなかった。
そんな私があっけなく死んでしまって、死にたいほどの思いを抱えている陽子さんに憑依するなんて。
なんて皮肉なんだろう。
陽子さんが毎日どんな気持ちで過ごしていたのか、私にはわからない。
あのおじさんと不倫していた時の気持ちも、それがばれて書類整理課に異動になった時の気持ちも。
あのおじさんは今も『中野部長』と呼ばれて企画部の椅子に座っていたのに、陽子さんだけくらい倉庫に行かされて。
はきだめ課といわれている今まではきっとその存在すら知らなかった倉庫で、あの三人とどんな気持ちで接していたのか。
私も大好きで、周りのともだちもみんな持っていた淡い色の蛍光ペンを考えた人が、急になにも仕事のない課に行かされたらやりがいだって失ってしまっていたのかもしれない。
そんな中で、こっそりと死の準備をして、決行の日にちまで決めていた陽子さん。
だけど、私は思う。
生きていたら私にはやりたいことがたくさんあったのに。
周りからすれば、いてもいなくても困らない人間だったかもしれないし、私が死んだからって世界が変わるわけでもないけど、それでも。
生きている陽子さんが私には羨ましくてたまらないのに。
だから、止めたい。
私は大きなゴミ袋をキッチンから持ってくると、そのなかに練炭をすべて入れて袋の口をぎゅっとこれでもかと固く結んだ。
スマホの検索履歴を消去し、カレンダーの『決行』の上からマジックで大きな×をかくと『中止』と書き込む。
陽子さんは、死なせない。
私が陽子さんに憑依しているのは三十日間だから何日まで陽子さんでいられるんだろう……と数えながらカレンダーをめくると、ちょうど三十日目の日に丸がしてある。
そして、そこには太いサインペンで大きな丸がしてあり、“誕生日”と言う文字と“決行”の文字が書いてある。
誕生日というのは誰のだろうと首をかしげた。
「やっぱり」
思い付いて、財布のなかから免許証を取り出すと、その日は陽子さんの三十九歳の誕生日だった。
誰の誕生日かはわかったけど、“決行”とはなんのことだろう。
自分の誕生日に、陽子さんは一体なにをしようとしているのだろう……。
洗濯機を回していると、陽子さんのスマホがブルブルと震えた。
見てみると電話がかかってきているけど、番号が登録されていないのか、誰からなのかはわからない。
スマホはしばらく振動を続けていたけれどやがて止んだ。
履歴を見てみると、同じ番号から何回かかってきているけど、そのすべてに陽子さんは出ていないようだった。
洗濯が終わるまでの間、テレビがなくて暇だったので、スマホでニュースを見ていると、ふいに昨日の会話の中に出てきた“させん”の意味を調べようと思っていたことを思い出した。
検索エンジンで“させん”と入れようとして手が止まる。
検索履歴のところにある文字を見てしまったから。
ーーー楽な死に方ーーー
「陽子さん……」
心の中がざわざわとする。
震える指で押してみると、さまざまな自殺の方法がのってあり、ご丁寧にメリット、デメリットまで書いてある。
「これってもしかして……」
スマホをソファに置き、クローゼットの扉を開ける。
「やっぱり……」
この間見た、炭のようなもの。
消臭にしてはやけに大きいと思ったそれは、練炭だった。
頭の中でいろいろなことが繋がる。
不倫
“させん”
練炭
楽な死に方
ーーー決行ーーー
「させないから……絶対」
十八年間。
楽しく生きていけたらそれでいいと思っていた。
将来のこととか、人生のこととか、あんまり深く考えたこともなかった。
頭がいい方ではなかったから、県内で下の方から数えた方が早い、名前が書けたら入学できるといわれている高校にしか入れなかったけど、それでも楽しければいいと思ってた。しいて言えば、妹の方が頭がよくて、それに対しての劣等感があったけれど、それでも死にたいなんて考えたことなんて今まで一度もなかった。
そんな私があっけなく死んでしまって、死にたいほどの思いを抱えている陽子さんに憑依するなんて。
なんて皮肉なんだろう。
陽子さんが毎日どんな気持ちで過ごしていたのか、私にはわからない。
あのおじさんと不倫していた時の気持ちも、それがばれて書類整理課に異動になった時の気持ちも。
あのおじさんは今も『中野部長』と呼ばれて企画部の椅子に座っていたのに、陽子さんだけくらい倉庫に行かされて。
はきだめ課といわれている今まではきっとその存在すら知らなかった倉庫で、あの三人とどんな気持ちで接していたのか。
私も大好きで、周りのともだちもみんな持っていた淡い色の蛍光ペンを考えた人が、急になにも仕事のない課に行かされたらやりがいだって失ってしまっていたのかもしれない。
そんな中で、こっそりと死の準備をして、決行の日にちまで決めていた陽子さん。
だけど、私は思う。
生きていたら私にはやりたいことがたくさんあったのに。
周りからすれば、いてもいなくても困らない人間だったかもしれないし、私が死んだからって世界が変わるわけでもないけど、それでも。
生きている陽子さんが私には羨ましくてたまらないのに。
だから、止めたい。
私は大きなゴミ袋をキッチンから持ってくると、そのなかに練炭をすべて入れて袋の口をぎゅっとこれでもかと固く結んだ。
スマホの検索履歴を消去し、カレンダーの『決行』の上からマジックで大きな×をかくと『中止』と書き込む。
陽子さんは、死なせない。