あなたが生きるわたしの明日
これは何かの冗談なのだろうか。
私は悪い夢でもみているのだろうか。
きっと、そうに違いない。

「このお部屋に入られた瞬間に、もう死んでいるんです」

「この部屋に入った瞬間に?」

そういえば、私は気づけばここに座っていた。
ここに来るまでの記憶が全くない。

「ここは死んだ方がまず最初に来られるお部屋なのです」

「あなたは……誰なの?」

「私は、株式会社ネクストワールドの社員で、死後コーディネーターをしています」

さきほど一度ご説明したのですが、とサトルは言って名刺を指さす。

「ネクストワールド、つまり死後の世界です。こちらに来られたお客様を死後の世界にご案内しています」

「つまり、死神ってこと?」

「厳密にいうと少し違うんですが、まあそう考えていただいて構いません」

こんなバカみたいな話、なにもかもが嘘だと思いたいけれど、さっき見せられた自分の姿はそれを上回るほどの現実感があった。

「でも、黒いマントも着ていないし、長い鎌みたいなのも持っていないじゃない」

だからあなたの言っていることは全部嘘だ、と言いたかったのだけど、その前にサトルが「それね、よく言われるんですけど」と口をはさんでくる。

「それは、外国の方が『日本人は今でも着物を着ている』と勘違いしているのと同じなんですよね」

イメージですよ、と言いながらサトルは指を組み替えた。

「今の日本に武士がいますか? 侍や忍者やお姫様がいますか? いないでしょう。殿様気分の人というのは別ですよ。あ、そういえば、いまだに日本には忍者がいると信じている人もいるらしいですね。そういう人に『忍者なんていないよ』と説明しても『ああ、わかっているよ。どういうことにしておきたいんだよね』なんて返されるらしいです」

ここでサトルはなにがおかしいのか、くすくすと口元を押さえて笑った。
話の内容はともかく、これが私が初めて見たサトルの笑顔だった。
相変わらず、なんの特徴もない笑い声となんの特徴もない笑顔だ。

「今のご時世、あんな黒いマントは時代遅れもいいところです。温暖化も進んでいるし、第一見た目が良くない。あの大きな鎌も邪魔でしょうがない。昔は確かにそういうスタイルだったらしいですが」

再び真顔になり、サトルは話を続ける。

「ご理解いただけましたら、今後のスケジュールについてご説明させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

「今後の……スケジュール?」

「死後の世界へのご案内です」





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