あなたが生きるわたしの明日
死なせないためにはどうすればいいか。

答えは簡単だ。
変えていけばいい。
死にたくなるような今の生活を変えてしまおう。

私は三十日が過ぎれば陽子さんの中から消えてしまう。
だから、その前に陽子さんを変えてしまえばいい。

三十日後、陽子さんが戻ってきたときに、死にたかったことを忘れちゃうくらい、いろいろなことを変えてしまえばいい。
陽子さんを取り巻く環境や人間関係を変えてしまおう。

そしたらきっと、陽子さんも変わっていくはずだ。

それが、頭の悪い私が一生懸命考えて出した答えだ。

「ねえ、ねえ。このファイル整理、あとどれくらいで終わりそう?」

月曜日、みんなが揃ったところで私は大きな声を出した。

凪くんが腕組みをして倉庫内を見回し「一か月くらいですかね」と答える。

「一か月!? だめだめ! それじゃファイルの整理だけで終わっちゃう」

「なにが終わるんですか?」

「いえ、こっちの話」

不思議そうな顔をする三人に向かって私は言う。

「一週間! 一週間で終わらせよう」

亜樹ちゃんが「そんな……さすがに無理があるんじゃ」と言うと、凪くんが「わかりました」とあっさり答えた。

「成せば成る。成さねば成らぬ、なにごとも」

そう言い残して凪くんは自分の担当の棚に向かう。

「課長、本気ですか?」

「本気です」

「大原はわかりましたなんて言いましたけど、あいつたぶんなんも考えてないですよ。深く考えてないから、なんでも俺やれます、できます、っていうんですよ。それで、結局できないから、この課に回されたこと、気づいてないんですから」

「それでいいじゃない。まずはやってみる。私は凪くんのああいうところ、いいと思う。やる前からあきらめるよりもずっといい」

亜樹ちゃんは目を丸くした。陽子さんはこういうことを言う人じゃなかったのかもしれない。
『人格が崩壊』という言葉を一瞬思い出したけど、構わず私は続ける。

「凪くんだけじゃなくて、亜樹ちゃんの裏表のないところもいいところだと思う。仕事をすごく丁寧にしているところも。ほっちゃんは真面目でコツコツ仕事が出来る人だし、きっとここのみんなでやれば一週間で終わらせることだって出来ると思う」

あきちゃんは「わかりました」と照れたように笑って、自分の担当の棚に向かう。
向かう途中で、ヒールのあるパンプスを脱ぎ捨てて。





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