あなたが生きるわたしの明日
「かんぱーい!」

先週来たのと同じお店で私たちはビールのジョッキを傾けた。

「やればできるものなんですね」

満足げな笑顔で左隣に座っている亜樹ちゃんが言う。

「私、この課に配属された時点でなんかもう全部あきらめてたんですよね。どうせ一日に数件しか依頼もこないし、一件もこない日もあるくらいだし、別にファイルがぐちゃぐちゃでもいいやって。むしろ、探すのに時間かかった方が暇つぶしになっていいやとか思っちゃってました」

ビールを一口おいしそうに飲んで「でも」と続ける。

「きれいに整頓された棚を見ていたら気持ちがよくって。営業部でちゃんと仕事してた時の楽しかったこととか、思い出しました。って言ってもあんまりないんですけどね、楽しかったこと。でも、ちょっとはあったんです。ちゃんと。そのこと、思い出しました」

「あー。俺もです」

私の向かいの席で、頬杖をついた凪くんがぼんやりと言った。
いつもはきはきと話す凪くんがこんな話し方をするのは珍しい。
昔のことを思い出しているのかもしれない。

「情シス部は本当に毎日残業ばっかりで仕事も多かったけど、やりがいあったなぁ。『パソコンが動かなくなっちゃったからなんとかして!』ってしょっちゅういろんな部署の人から呼ばれるんですよ。みんなに感謝されると誇らしかったなぁ」

「みんな、思い出に浸っている暇はないよ。来週からまだまだやることがあるんだからね」

三人が一斉に私の顔を見る。

「え? まだなにかするんすか?」

「もちろん。こんなものまだ序の口よ。とりあえず、書類の整理はできた。これで、ほかの部署からの確認依頼がきてもすぐに確認することができるよね?」

三人がこくこくとうなづくのを見て続ける。

「次はね、書類整理課を有名にしたいの。たくさん確認依頼がくるように」

「え……」と戸惑った顔をする三人の顔を順番に見ながら、私は説明を始める。

「凪くん、情報システム部にいたときに、この課があることを知らなかったって前に言ってたよね? 情報システム部だけじゃなくて、ほかの部署でも依頼が全く来ない部署があるじゃない? そういう部署に、書類整理課の仕事をアピールしたいの」

「……たしかにうちの課は認知度が低いですが」

亜樹ちゃんが慎重に言葉を選びながら口を開いた。

「課長はどうしてうちの課をアピールしたいんですか?」

「たくさん依頼がきたら忙しくなるでしょう?」

毎日、たくさんの依頼が来て、死のうなんて思わなくなればいい、そう思った。
死のうなんて考えていたことを忘れちゃうくらい、毎日忙しく働いていればきっといつか。
死にたいくらいつらい気持ちも忘れられると思ったんだ。






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