あなたが生きるわたしの明日
「それにね」

陽子さんに憑依してから初めて食べた、鯵のなめろうをひとくち食べてもう一度三人の顔を順番に見回す。
このお店の鯵のなめろうはおいしい。日本酒にも合う。

「私、思ったんだ。会社ってたくさんの部署があって、たくさんの人が働いているでしょう? その中になくていい課なんか本当はないんじゃないかなって。いなくていい社員なんかいないんじゃないかって。だって、本当にいなくていいならクビにすればいいじゃない?」

実際、同じクラスにバイトをクビになった友だちがいたのだ。
コンビニのバイトをしていたのだけど、彼氏と遊ぶために無断欠勤をしたら、店長から電話がかかってきて『明日から来なくていいよ』と言われたとケロっとしていた。
そろそろやめようと思っていたからちょうどよかったわ、とも言っていた。

そんな風に電話一本でクビにしようと思えばできるのにしないというのは、きっとこの四人が必要な人間だからなんだ。
きっと、書類整理課の仕事も会社にとって大事な仕事のひとつだと思うんだ。
凪くんじゃないけど、そうとしか考えられない。

「ええっと……解雇できないのはいろいろと契約が」

「そうですよね!!」

亜樹ちゃんがもごもごと言いかけたけど、凪くんの大きな声でかき消された。

「課長だってそう思いますよね!」

「うん。いろいろ考えたけど、間違いないと思う」

凪くんが私に握手を求めてきたので、その大きな手を握る。

「やっぱりなぁ。そうだよなぁ」と言いながら凪くんは両手で私の手をしばらく握ったあとで離した。

「課長まで大原みたいなことを……」

頭痛でもするのか、亜樹ちゃんがこめかみをおさえた。

「私はね、この課がはきだめ課とかひまつぶし課とか、あとなんだっけ? 焼却炉?」

「ごみ処理場です」と亜樹ちゃんが教えてくれた。

「そうそう、そんなふうに言われているのも悔しいの。はきだめって『はきだめに鶴』のはきだめでしょう? どんな意味だったか習ったけど忘れたわ。でも、いい意味ではなかったよね。だいたい動物園じゃないんだし、鶴なんていないっての。だから、そんなこと言う人たちを見返してやりたいのよ」

「見返す?」

「うん。はきだめ課なんて言われるのはいやなの」

亜樹ちゃんは唇をきゅっと結んでしばらく目の前のお醤油のはいった小皿を見ていた。
やがて、顔を上げた亜樹ちゃんは「……それで、具体的になにをするんですか?」と尋ねた。







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