あなたが生きるわたしの明日
待て待て待て。
このままだと、死後の世界に連れて行かれてしまう。
サトルが事務的に話を進めていくから、つい「じゃあ、お願いします」とかなんとか言いそうになったじゃないか。
「私、死にたくないよ!」
「藤木様、そうおっしゃられてももう死んでおりますので……脳も心臓もこれ以上ないくらい完璧に」
「やだやだ! なんで私なの!? 十八年間、まじめに生きてきたのに! もうすぐ高校卒業で、やっともう勉強しなくていいと思ってたのに! 合コンとかにもいっぱい行きたいし、それに一回くらいは彼氏だってほしいよ。それに、ツアーのチケットもまだ当選してないのに!」
「藤木様、お気持ちはわかりますが……」
「うるさい! あんたに私の気持ちがわかるわけないでしょう! なんとかしてよ! 私、なんにも悪いことなんかしていないのに! なんで死ななきゃだめなのよ!」
「なんにも悪いことなんかしていない……ねぇ」
サトルがさっきのタブレットPCを取り出して、なにかを入力し始めた。
まさか、私の悪事がそこに記録されているのか!?
あのタブレットPCは現代版閻魔様の帳簿なのだろうか。
だとしたら、ここは素直に認めて懺悔したほうがいいかもしれない。
「いや、待って。そりゃあ、なんにもしてないことはないよ? マンスリーのカラコンをちょっと長めに使ってたことはある。うん、それは認める。でも、わざとじゃないんだよ。気がつけば過ぎてたっていう感じで……。だって、いつから使い始めたか忘れちゃうんだもん。それに、私なんてまだいい方だよ。ツーウィークのカラコンを一年以上使ってる友だちだっているし......」
あれ?これじゃなかった?
返事どころか、相槌もせず無表情に見つめられて口をつぐんだ。
黙ったまま話を聞かれるというのは案外プレッシャーになるものだ。
まるで、不正解の答えを出してしまったクイズ回答者みたいな気持ち。
「……これじゃないの? あ、こないだ大学生と合コンしてビール飲んだこと? 飲んだって言ってもほんの一口だよ? お酒は二十歳になってからだもん。味見程度にしか飲んでない。しかもすごく苦がったし、あんなもの、大人はなんであんなに美味しそうに飲むのかなって思った。だから、もう飲まない……これも違う?」
「全然違います」
残念、不正解。
サトルはタブレットPCから顔を上げずに冷たく言い放った。
「なにも悪いことをしていないなんて、よく言えますね」
他になにがあると言うのだろう。
十八年の人生の中で、いいことばかりしてきたわけじゃない。
だけど。
「私は人を傷付けたり怪我をさせたこともない。誰かを裏切ったり、騙したり、悲しませたこともない!」
「たしかにね」
サトルはタブレットPCから目を上げて、真っ直ぐ私を見た。
その目は怒っているように見えた。
「藤木様、では聞きますがご自分がどうやって死んだかわかりますか?」
「どうやって……って?」
さっきサトルは、交通事故に巻き込まれて、と言っていたような気がする。
私がそう答えるとサトルはそうです、とうなづいた。
「それがなんの関係があるのよ」
歩いてて車に轢かれて死んじゃったなんて、ますます私悪いことしてないじゃないか。むしろかなりかわいそうだ。
「事故にあった時、あなたは何をしていましたか? あなたはイヤホンで音楽を聞いていた。さらに熱心にスマートフォンを見ていた」
それまで、靄がかかっていた私の頭の中に、その時の記憶が一気に押し寄せた。
そうだ。
私は、大好きなダンスグループの音楽をイヤホンで聞きながら歩いていた。
それも大音量で。
だから、とサトルは続ける。
「すぐ後ろに車が来ているのに気づかなかった。もし、そのどちらかでもしていなければ、車が近づいてくるのに気がつけたかもしれない。避けることだってできたかもしれない。だからと言って、運転手が悪くないとは言いません。そんなのはあれだ。薄着だから痴漢されても仕方がないなんていう奴と同じですから」
それで、私はあっけなく死んでしまったのか。
もし、イヤホンをしていなかったら。
もし、ちゃんと前を見て歩いていたら。
防げたかもしれない、私の死。
このままだと、死後の世界に連れて行かれてしまう。
サトルが事務的に話を進めていくから、つい「じゃあ、お願いします」とかなんとか言いそうになったじゃないか。
「私、死にたくないよ!」
「藤木様、そうおっしゃられてももう死んでおりますので……脳も心臓もこれ以上ないくらい完璧に」
「やだやだ! なんで私なの!? 十八年間、まじめに生きてきたのに! もうすぐ高校卒業で、やっともう勉強しなくていいと思ってたのに! 合コンとかにもいっぱい行きたいし、それに一回くらいは彼氏だってほしいよ。それに、ツアーのチケットもまだ当選してないのに!」
「藤木様、お気持ちはわかりますが……」
「うるさい! あんたに私の気持ちがわかるわけないでしょう! なんとかしてよ! 私、なんにも悪いことなんかしていないのに! なんで死ななきゃだめなのよ!」
「なんにも悪いことなんかしていない……ねぇ」
サトルがさっきのタブレットPCを取り出して、なにかを入力し始めた。
まさか、私の悪事がそこに記録されているのか!?
あのタブレットPCは現代版閻魔様の帳簿なのだろうか。
だとしたら、ここは素直に認めて懺悔したほうがいいかもしれない。
「いや、待って。そりゃあ、なんにもしてないことはないよ? マンスリーのカラコンをちょっと長めに使ってたことはある。うん、それは認める。でも、わざとじゃないんだよ。気がつけば過ぎてたっていう感じで……。だって、いつから使い始めたか忘れちゃうんだもん。それに、私なんてまだいい方だよ。ツーウィークのカラコンを一年以上使ってる友だちだっているし......」
あれ?これじゃなかった?
返事どころか、相槌もせず無表情に見つめられて口をつぐんだ。
黙ったまま話を聞かれるというのは案外プレッシャーになるものだ。
まるで、不正解の答えを出してしまったクイズ回答者みたいな気持ち。
「……これじゃないの? あ、こないだ大学生と合コンしてビール飲んだこと? 飲んだって言ってもほんの一口だよ? お酒は二十歳になってからだもん。味見程度にしか飲んでない。しかもすごく苦がったし、あんなもの、大人はなんであんなに美味しそうに飲むのかなって思った。だから、もう飲まない……これも違う?」
「全然違います」
残念、不正解。
サトルはタブレットPCから顔を上げずに冷たく言い放った。
「なにも悪いことをしていないなんて、よく言えますね」
他になにがあると言うのだろう。
十八年の人生の中で、いいことばかりしてきたわけじゃない。
だけど。
「私は人を傷付けたり怪我をさせたこともない。誰かを裏切ったり、騙したり、悲しませたこともない!」
「たしかにね」
サトルはタブレットPCから目を上げて、真っ直ぐ私を見た。
その目は怒っているように見えた。
「藤木様、では聞きますがご自分がどうやって死んだかわかりますか?」
「どうやって……って?」
さっきサトルは、交通事故に巻き込まれて、と言っていたような気がする。
私がそう答えるとサトルはそうです、とうなづいた。
「それがなんの関係があるのよ」
歩いてて車に轢かれて死んじゃったなんて、ますます私悪いことしてないじゃないか。むしろかなりかわいそうだ。
「事故にあった時、あなたは何をしていましたか? あなたはイヤホンで音楽を聞いていた。さらに熱心にスマートフォンを見ていた」
それまで、靄がかかっていた私の頭の中に、その時の記憶が一気に押し寄せた。
そうだ。
私は、大好きなダンスグループの音楽をイヤホンで聞きながら歩いていた。
それも大音量で。
だから、とサトルは続ける。
「すぐ後ろに車が来ているのに気づかなかった。もし、そのどちらかでもしていなければ、車が近づいてくるのに気がつけたかもしれない。避けることだってできたかもしれない。だからと言って、運転手が悪くないとは言いません。そんなのはあれだ。薄着だから痴漢されても仕方がないなんていう奴と同じですから」
それで、私はあっけなく死んでしまったのか。
もし、イヤホンをしていなかったら。
もし、ちゃんと前を見て歩いていたら。
防げたかもしれない、私の死。