あなたが生きるわたしの明日
「森下に聞いたけど、社内コンペ出るんだって?」

私が無言を貫いているせいか、おじさんは話を変えてきた。

「書類整理課で社内コンペなんか、どうしちゃったんだよ。あんな仕事のできない連中なんかと仕事しても君のキャリアアップにはつながらないよ。そのうち時期を見て企画部に戻してもらえるように僕から上に言ってやるから、な?」

な?
だから機嫌なおして。
な?
陽子の家に行こう。
な?
な?

……ごめんね、陽子さん。
私、もう限界です。

「黙れ、くそおやじ」

「ん?」

おじさんは、きょとんとした顔で私を見る。

まったく、間の抜けた顔だ。

「陽子って気安く呼ぶな。二度と電話かけてくんな。もちろん話しかけてもくんな」

おじさんはわけがわからない、と顔をする。
これだけはっきりわかりやすく丁寧に言っているのにまだ理解できないらしい。
理解力のない人だ。

「それから、書類整理課のみんなは仕事ができない連中なんかじゃない。仕事ができないと決めつけて、仕事をさせないようにするなんて間違ってる。どんな仕事だって、どんな部署にいたって、一生懸命やることで人は変われる」

「……陽子、どうしたんだ? 書類整理課のことでどうしてそんなにむきになる? あんな無能な連中、会社にとっていてもいなくても変わらないじゃないか!」

「いてもいなくても変わらない? どんな人にだって必ず良いところがある。いなくてもいい人なんてひとりもいない。ついでに言っておくけど、私は企画部に戻れるようにしていただかなくて結構。あんたの顔見ながら仕事するなんてごめんだわ」

ああ、すっきりした。

これは私の気持ちであって、陽子さんの気持ちを代弁したなんて思わない。
陽子さんはまだこの人が好きで、企画部に戻りたいと思っているかもしれないから。

だから、黙っていた方がいいとは思ってた。
だけど……言っちゃった。
ごめんね、陽子さん。

でも……私、間違ったことは言ってないと思うんだ。

「では、さようなら」

まだ口をあんぐりさせているおじさんを置いて、私は駅までの道を再び歩き出した。

明日から社内コンペの審査が始まり、三日後には結果が発表されるという。
その日はちょうど陽子さんに憑依して三十日目。

つまり、私が陽子さんでいられるのはその日まで。

あんなおじさんの相手をしている暇はないのだ。

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