あなたが生きるわたしの明日
「せめて……あと一日だけ、生き返るとかだめ?」

どうせ「ええ」と言われるだろうな、と思いながら尋ねると、意外にもサトルはしばらく黙っていた。

「もしかして出来るの?」

思わず身を乗り出すと、サトルは少しのけぞって「あ、そういうわけでは」と小声で言う。

「なに、今の間(ま)?」

「藤木様はもしかして死後特別措置法が適応されるケースではないかと思いまして」

サトルはちょっと失礼、と言いながらタブレットを操作しはじめた。

「なにそれ! え? もしかして、生き返れるの!?」

「あ、それは無理です」

顔も上げずにあっさりとサトルは答える。

「死んだ人が生き返っちゃったら、大混乱でしょう?」

「なんだ……期待して損した」

さっきからいろんなことがたくさんあって、ただでさえ気持ちが揺さぶられているのだ。
これ以上、私の心を乱さないでほしい。

「あ、やっぱり思ったり通りだ」

がっくりしている私の目の前で、タブレットPCを見ていたサトルがうんうんと首を縦に振る。

「藤木様、よーく聞いてくださいね」

「なに? それはいい話?」

サトルが嬉しそうな表情で「そりゃあもう」なんて言うから、私も背筋を伸ばす。

「はい、聞きます聞きます」

「さっきも言いましたように、死後特別措置法という法律がありまして、藤木様のケースがこれに該当することが分かりました。ただ、この法律を執行するかどうかはご本人様の意志が必要となりますので、よく聞いてご判断をお願いいたします」

「はいはい。それで? どんな法律なの?」

「十八才未満であること、死因が交通事故などの突発的なものであること、これまで法律違反などせずに生きられてこられたこと、これからおやりになりたいことが山ほどある、これらのことからすぐに死後の世界にお連れするのは気の毒ではないかということで……」

「ことで?」

「三十日間、他の人に憑依することができまーす!」

おめでとうございまーす!とサトルは手を叩く。

……なにそれ。全然、嬉しくないんですけど。

他の人に憑依したところで、私はもう死んでいてどうにもならないのに、たった三十日間だけ他の人に憑依したところでなにが変わるというのだろう。

「え? あれ? 嬉しくないですか?」

私の冷めた目に気づいたのか、サトルは手を止めて首をかしげた。

「それ、私になんのメリットが?」

「メリットって藤木様……三十日間、他の人ではありますが、生き返れるのですよ!? その三十日間でやりたかったことをなさればいいでしょう」

「そんなことをして何になるの? 私はどうせもう死んじゃってるんでしょう?」

「それはそうですが、他の人でもやれることはありますよ? たとえば先ほどおっしゃった金曜日にお酒を飲むとか……。あ、それと三十日後にはなにかひとつだけ希望が叶えてもらえるんですよ」

「はぁ……でも、生き返るのはどうせだめなんでしょ」

「先ほども言いましたが、この措置を利用するかどうかは藤木様のご自由なんです。利用する権利があるということだけですので。やめておきますか?」

「やめておくとどうなるの?」

「ええと、このあとすぐ死後の世界にご案内いたしますが」

「あ、それはいや」

「じゃあやりますか?」

「もう、ちょっと待ってよ! さっきから次々と言い過ぎなのよ」

「あ、はい。すみません」

「ちょっと考える」

< 8 / 94 >

この作品をシェア

pagetop