あなたが生きるわたしの明日
「さて、いよいよ最優秀賞の発表です。先ほどの森下くんのラベルライターですが、大変優秀でかつ斬新な作品でありながら、あともう少しというところがあった。文房具とは使う人に寄り添って使う人の気持ちになって作られるべきだと私は思う。その点で、森下くんの作品とは大きな差が出た作品があります。商品の違いとしては非常に小さなことかもしれないが、私はその小さなことが大きな意味を持つと思う」
おじいさんの目が大会議室に集まったたくさんの社員の顔、ひとりひとりに注がれた。
私のことも、それから亜樹ちゃん、凪くん、ほっちゃんのことも。
「今年の最優秀賞は、書類整理課のそのまま貼れるラベルライターです」
おじいさんの隣に立つ、森下さんが驚いたように目を見開いた。
スクリーンのほうを見ていた社員たちが、ひとり、またひとりと私たちの方を振り返る。
「優秀賞の森下くんの作品との違いはキーボードの部分にあります。書類整理課の作品はキーボードとキーボードの間隔を二ミリ程度あけた、いわゆるアイソレーションキーボードを取り入れています。キーストロークと呼ばれるキーを押し下げた時の深さや、キートップの中央から中央までの距離、キーピッチですね、それらすべて計算しつくされています。それはなぜか」
おじいさんは、答えを求めるようにもう一度ゆっくり大会議室の中を見渡す。
私は自分の指先が震えているのを感じた。
体の奥の方が熱くなる。
「これを使う人のことを考えたから。そのひとことに尽きると思います。この商品もまた若い女性をターゲットに絞っています。私には無縁だが、若い女性の中にはネイルというのかな、長い爪をなるべく傷つけたくない人もいる。キーボードを打鍵する際に、爪がひっかかってそれをストレスに感じる人もいるそうです。そんなこと、たいしたことではないと思う人もいるかもしれないが、若い女性にターゲットを絞って商品を企画するならば、そこまで考えるべきではないでしょうか」
秘書の人がいつの間にか私たちのすぐそばまで来ていた。
促されるがまま、私たちは壇上に向かって歩き出す。
たくさんいた社員たちが、道をあけてくれた。
パチ、パチと数名の社員が拍手をする音が波のように広がり、やがて大会議室の中を大きな拍手が鳴り響いた。
「おめでとう」
おじいさんが私たちひとりひとりの手を握った。
亜樹ちゃんも凪くんもまだなにが起きたかよくわからない様子で、ぽかんとしながらも「ありがとうございます」と返事していた。
ただひとりだけ、ほっちゃんだけは私のしたことに気づいたようだった。
みんなの拍手を浴びながら、ほっちゃんが小声で「やりますね、松子さん」と言ったのを、私は聞き逃さなかった。
おじいさんの目が大会議室に集まったたくさんの社員の顔、ひとりひとりに注がれた。
私のことも、それから亜樹ちゃん、凪くん、ほっちゃんのことも。
「今年の最優秀賞は、書類整理課のそのまま貼れるラベルライターです」
おじいさんの隣に立つ、森下さんが驚いたように目を見開いた。
スクリーンのほうを見ていた社員たちが、ひとり、またひとりと私たちの方を振り返る。
「優秀賞の森下くんの作品との違いはキーボードの部分にあります。書類整理課の作品はキーボードとキーボードの間隔を二ミリ程度あけた、いわゆるアイソレーションキーボードを取り入れています。キーストロークと呼ばれるキーを押し下げた時の深さや、キートップの中央から中央までの距離、キーピッチですね、それらすべて計算しつくされています。それはなぜか」
おじいさんは、答えを求めるようにもう一度ゆっくり大会議室の中を見渡す。
私は自分の指先が震えているのを感じた。
体の奥の方が熱くなる。
「これを使う人のことを考えたから。そのひとことに尽きると思います。この商品もまた若い女性をターゲットに絞っています。私には無縁だが、若い女性の中にはネイルというのかな、長い爪をなるべく傷つけたくない人もいる。キーボードを打鍵する際に、爪がひっかかってそれをストレスに感じる人もいるそうです。そんなこと、たいしたことではないと思う人もいるかもしれないが、若い女性にターゲットを絞って商品を企画するならば、そこまで考えるべきではないでしょうか」
秘書の人がいつの間にか私たちのすぐそばまで来ていた。
促されるがまま、私たちは壇上に向かって歩き出す。
たくさんいた社員たちが、道をあけてくれた。
パチ、パチと数名の社員が拍手をする音が波のように広がり、やがて大会議室の中を大きな拍手が鳴り響いた。
「おめでとう」
おじいさんが私たちひとりひとりの手を握った。
亜樹ちゃんも凪くんもまだなにが起きたかよくわからない様子で、ぽかんとしながらも「ありがとうございます」と返事していた。
ただひとりだけ、ほっちゃんだけは私のしたことに気づいたようだった。
みんなの拍手を浴びながら、ほっちゃんが小声で「やりますね、松子さん」と言ったのを、私は聞き逃さなかった。