God bless you!
右川は1人ではなかった。連れがいる。
短針は、8時を指している。
時計を見たと同時に、イライラしている母親の声で「早くご飯食べなさいって」と聞こえてきた。
遅刻だ!
慌てて飛び起きたら窓の外が意外に真っ暗で……肩透かしを食らう。8時は8時でも、夜の8時。頭を振って、まだ少し残っている眠気を追い払った。変な時間にうっかり寝てしまったせいで、妙な時間に目が覚めてしまったらしい。
うっかりの原因は、いつも以上にハードだった今日の練習である。
矢吹先輩の、取ってこ~い、は無かったものの、あさって土曜日の練習試合を目前に、他の先輩も危機迫るという感じで息も付けない。魂抜かれたみたいに帰り道を行き、生も魂も尽き果て、気が付くと自分の部屋でスポーツバッグを枕に、下は部屋着のジャージ、上はシワくちゃに乱れた制服シャツという格好だった。着替える途中で寝てしまったんだと推測する。どうせならとその格好のままでメシを済ませ、スマホを覗くと、朝比奈からメールが来ていた。
『アイス買っちゃった。ダイエット・コーラも!』
画像には美味そうなソフトクリームを握った朝比奈が写っていた。うん。ちゃんと可愛く撮れてる。それを見て笑いながら、『俺にも食わせろ~』と返信。
アイスを同時に喰らって、どこがダイエットなのかと突っ込みたい所だな。
着替えるついでに風呂に入ったらば、それが間違いのもと。そこからすっかり目が冴えてしまう。試合の色々が頭に浮かんで、宿題を開こうとしたけれども思考がまとまらず、そのうちコンビニのソフトクリームやコーラが頭にチラつきはじめた。10時を回り、寝静まろうかという町の中を、近所のコンビニ目掛けて飛び出す羽目になる。どれもこれも、朝比奈のせいだな。
日中の暑さが嘘のように涼しい。思えば部活など、2時とか3時なんて1番暑い時間にランニングしているのだ。まったく無謀だ。こんな夜なら、どこへでも走っていけそうだというのに。
歩いて10分も行かない所に、普段からよく行くコンビニがあった。(結局、走ってない。)
不幸にも、その店先に荒手の先輩軍団を見つけてしまい、気付かれない事を願ってダッシュで通り過ぎる。まるでゲーム中、森林でモンスターを見つけて手に負えないと逃げ出すハンターだった。お陰で、その先のコンビニにまで行く羽目に陥り、学校までの道のりをその先まで来てしまった。(結局、ちょっと走った。)
雑誌を立ち読みしてアイスを1個だけ買って、店を出たのは、もう11時になろうかという頃。アイスは歩きながらとっくに平らげ、すでに真っ暗な駅前通りを歩いていると、ふと見覚えのある姿を見かけた。
右川カズミ。
どういう訳か、こんな時間になっても制服のまま。いつものリュックは持っていない。手ぶらだった。頭もいつものアホ毛&もじゃもじゃではなく、普通のくせっ毛のまま、無理に髪の毛を縛っていたゴムもピンも付いていない。それだけではない。右川は1人ではなかった。連れがいる。
俺は我が眼を疑った。
「……男だ」
黒っぽいTシャツと、これまた黒っぽいジーンズ姿という男は(右川と比べなくても)背が高く、結構な年上に見えた。右川は、その男の腕にもつれながら歩いている。どう見ても単なる友達とか知り合いには見えない。2人は何やら楽しそうに話しながら、駅に向かってどんどん行く。つい追いかけた。これは、右川の会も真っ青のビッグなネタの予感がする。
途中、2人組みのボーダーに何やら、からかわれていたが、男の方が相手にしない態度で軽くあしらった。
どこか見覚えのある、あの顔。あの男は……右川亭・定食屋の兄貴じゃないか。
朝から定食。これの意味する所が分かったような気がする。
「そういう関係って事か」
どう見ても普通じゃない。ただ、そうと断定するには妙にちぐはぐな2人にも思える。俺はボーダー2人組を避けて2人を追い掛けた。途中で路地を入り、右川亭ならぬ『やました』に、2人は吸い込まれるように入っていく。「やっぱりな」これで、現行犯逮捕だ。2人はすぐに店から出てきた。慌てて、こっちは隣のクリーニング看板に隠れる。
右川はその兄貴の腕に絡まりながら、「ねぇ、今度のお休みの日にさぁ、どっか行こうよぉ」そこでコロコロと笑って、「たまにはスーツとか着てさ。あたしもデコるからぁ」などなど、独り上機嫌で喋っている。「ねぇねぇ」と甘えながら男に寄りかかった。いつかの険悪な態度とは大違いである。人によって態度を変える女子の典型だな。
油断していると、ひょいと2人の姿が消えた。途中の路地に入ったのだろうと思って、1つ1つ路地を探りながら行くと、最近建ったばかりのマンション横の遊歩道を行く2人の姿を見つける。俺は遊歩道の木に隠れるようにして、2人の尾行を続けた。
2人は全く人気の無い道を、どんどん先に進んで行く。右川が1人喋る声が急にプツンと途絶えたと思ったら……気が付けば、俺は周りを低い壁のようなものに遮られた場所に居た。結果2人を見失ってしまう。
辺りを見回すと、そこは……墓場。
目が暗闇に慣れて、よく見れば壁だと思っていたそれは、お墓の面々だった。
午後11時。
何処を見渡しても俺しか居ない。
急に背中に寒気が走る。ゾッとした。かなりヤバい。
墓場を覆う樹木の上に、マンションの上階が見えた。ここを突き抜ければ向こうに出られると信じて、小走りで突き進み、墓場を通り抜けた先で、何やら時代めいた建物に遭遇する。その石の階段を上って入口の石門をくぐると、どれが住み家だか分からない程に建物が連なっていた。どれにも、ぼんやりと明かりが灯っている。まるで異世界。〝冥方寺〟と古めかしい表札が目に飛び込んできた。メイホウジ、でいいんだろうか。滲んだ墨の文字に時代を感じる、古いお寺である。
「そうか。これが右川寺か」
十分堪能した辺りで正気に戻った時、また背中のあたりにゾクッと寒気がした。
この暗闇の中、亡霊と共に異次元に飛ばされるなんて思いがけないファンタジーが……無ぇワ。止めろ。
階段を降りたすぐ横に水場があった。成り行き上、そこで手を洗い、何となくうがいもして、水を少し飲んで、気分を落ち付かせて辺りを見渡した。寺の真後ろにさっきのマンション上階が見える。だが肝心の、そのマンションに向う抜け道がどうしても見つからない。寺の左右にも墓場があって、1度その墓場を通らなければその先の道筋が分からないのだ。「もと来た道を戻るのか」すぐそこにマンションが見えているというのに。いくらムカついたとはいえ、右川寺を壊して突き進む訳にもいかない。ここで朝までこうしている訳にもいかないと、俺は意を決して、お墓の群に飛び込もうと覚悟した。
その時、
「たまには家に帰れよ。今からでも送ってやるぞ」
墓場から男の声がした。
「いいよ、もう遅いから。明日は帰るってば。どうせ今から帰ったって明日になっちゃうんだからね」
浮かれた声のその先に居たのは、さっき見失ったばかりの右川と兄貴の2人組である。
「お昼のメール、見てくれた?何でいつも返事くんないの?そんなだと、いつまでたってもスマホに慣れないよ。今度の誕生日にジャックあげるから、それは買わないで待っててね」
右川が一人で喋っている。兄貴の方は面倒くさそうに頷いているだけ。どう見ても、長続きしそうにない2人だった。てゆうか、元から相手にされてないだろ、おまえは。
反応の鈍い兄貴を持て余したか、右川は、「お水汲んでくるね」とか言いながら、こちらの水場に向ってピョコピョコとやってくる。辿り着いた先で、仁王立ちの俺に気が付いた。
ぎゃっ!と、叫ぶと同時に、青いバケツが転がる。
時計を見たと同時に、イライラしている母親の声で「早くご飯食べなさいって」と聞こえてきた。
遅刻だ!
慌てて飛び起きたら窓の外が意外に真っ暗で……肩透かしを食らう。8時は8時でも、夜の8時。頭を振って、まだ少し残っている眠気を追い払った。変な時間にうっかり寝てしまったせいで、妙な時間に目が覚めてしまったらしい。
うっかりの原因は、いつも以上にハードだった今日の練習である。
矢吹先輩の、取ってこ~い、は無かったものの、あさって土曜日の練習試合を目前に、他の先輩も危機迫るという感じで息も付けない。魂抜かれたみたいに帰り道を行き、生も魂も尽き果て、気が付くと自分の部屋でスポーツバッグを枕に、下は部屋着のジャージ、上はシワくちゃに乱れた制服シャツという格好だった。着替える途中で寝てしまったんだと推測する。どうせならとその格好のままでメシを済ませ、スマホを覗くと、朝比奈からメールが来ていた。
『アイス買っちゃった。ダイエット・コーラも!』
画像には美味そうなソフトクリームを握った朝比奈が写っていた。うん。ちゃんと可愛く撮れてる。それを見て笑いながら、『俺にも食わせろ~』と返信。
アイスを同時に喰らって、どこがダイエットなのかと突っ込みたい所だな。
着替えるついでに風呂に入ったらば、それが間違いのもと。そこからすっかり目が冴えてしまう。試合の色々が頭に浮かんで、宿題を開こうとしたけれども思考がまとまらず、そのうちコンビニのソフトクリームやコーラが頭にチラつきはじめた。10時を回り、寝静まろうかという町の中を、近所のコンビニ目掛けて飛び出す羽目になる。どれもこれも、朝比奈のせいだな。
日中の暑さが嘘のように涼しい。思えば部活など、2時とか3時なんて1番暑い時間にランニングしているのだ。まったく無謀だ。こんな夜なら、どこへでも走っていけそうだというのに。
歩いて10分も行かない所に、普段からよく行くコンビニがあった。(結局、走ってない。)
不幸にも、その店先に荒手の先輩軍団を見つけてしまい、気付かれない事を願ってダッシュで通り過ぎる。まるでゲーム中、森林でモンスターを見つけて手に負えないと逃げ出すハンターだった。お陰で、その先のコンビニにまで行く羽目に陥り、学校までの道のりをその先まで来てしまった。(結局、ちょっと走った。)
雑誌を立ち読みしてアイスを1個だけ買って、店を出たのは、もう11時になろうかという頃。アイスは歩きながらとっくに平らげ、すでに真っ暗な駅前通りを歩いていると、ふと見覚えのある姿を見かけた。
右川カズミ。
どういう訳か、こんな時間になっても制服のまま。いつものリュックは持っていない。手ぶらだった。頭もいつものアホ毛&もじゃもじゃではなく、普通のくせっ毛のまま、無理に髪の毛を縛っていたゴムもピンも付いていない。それだけではない。右川は1人ではなかった。連れがいる。
俺は我が眼を疑った。
「……男だ」
黒っぽいTシャツと、これまた黒っぽいジーンズ姿という男は(右川と比べなくても)背が高く、結構な年上に見えた。右川は、その男の腕にもつれながら歩いている。どう見ても単なる友達とか知り合いには見えない。2人は何やら楽しそうに話しながら、駅に向かってどんどん行く。つい追いかけた。これは、右川の会も真っ青のビッグなネタの予感がする。
途中、2人組みのボーダーに何やら、からかわれていたが、男の方が相手にしない態度で軽くあしらった。
どこか見覚えのある、あの顔。あの男は……右川亭・定食屋の兄貴じゃないか。
朝から定食。これの意味する所が分かったような気がする。
「そういう関係って事か」
どう見ても普通じゃない。ただ、そうと断定するには妙にちぐはぐな2人にも思える。俺はボーダー2人組を避けて2人を追い掛けた。途中で路地を入り、右川亭ならぬ『やました』に、2人は吸い込まれるように入っていく。「やっぱりな」これで、現行犯逮捕だ。2人はすぐに店から出てきた。慌てて、こっちは隣のクリーニング看板に隠れる。
右川はその兄貴の腕に絡まりながら、「ねぇ、今度のお休みの日にさぁ、どっか行こうよぉ」そこでコロコロと笑って、「たまにはスーツとか着てさ。あたしもデコるからぁ」などなど、独り上機嫌で喋っている。「ねぇねぇ」と甘えながら男に寄りかかった。いつかの険悪な態度とは大違いである。人によって態度を変える女子の典型だな。
油断していると、ひょいと2人の姿が消えた。途中の路地に入ったのだろうと思って、1つ1つ路地を探りながら行くと、最近建ったばかりのマンション横の遊歩道を行く2人の姿を見つける。俺は遊歩道の木に隠れるようにして、2人の尾行を続けた。
2人は全く人気の無い道を、どんどん先に進んで行く。右川が1人喋る声が急にプツンと途絶えたと思ったら……気が付けば、俺は周りを低い壁のようなものに遮られた場所に居た。結果2人を見失ってしまう。
辺りを見回すと、そこは……墓場。
目が暗闇に慣れて、よく見れば壁だと思っていたそれは、お墓の面々だった。
午後11時。
何処を見渡しても俺しか居ない。
急に背中に寒気が走る。ゾッとした。かなりヤバい。
墓場を覆う樹木の上に、マンションの上階が見えた。ここを突き抜ければ向こうに出られると信じて、小走りで突き進み、墓場を通り抜けた先で、何やら時代めいた建物に遭遇する。その石の階段を上って入口の石門をくぐると、どれが住み家だか分からない程に建物が連なっていた。どれにも、ぼんやりと明かりが灯っている。まるで異世界。〝冥方寺〟と古めかしい表札が目に飛び込んできた。メイホウジ、でいいんだろうか。滲んだ墨の文字に時代を感じる、古いお寺である。
「そうか。これが右川寺か」
十分堪能した辺りで正気に戻った時、また背中のあたりにゾクッと寒気がした。
この暗闇の中、亡霊と共に異次元に飛ばされるなんて思いがけないファンタジーが……無ぇワ。止めろ。
階段を降りたすぐ横に水場があった。成り行き上、そこで手を洗い、何となくうがいもして、水を少し飲んで、気分を落ち付かせて辺りを見渡した。寺の真後ろにさっきのマンション上階が見える。だが肝心の、そのマンションに向う抜け道がどうしても見つからない。寺の左右にも墓場があって、1度その墓場を通らなければその先の道筋が分からないのだ。「もと来た道を戻るのか」すぐそこにマンションが見えているというのに。いくらムカついたとはいえ、右川寺を壊して突き進む訳にもいかない。ここで朝までこうしている訳にもいかないと、俺は意を決して、お墓の群に飛び込もうと覚悟した。
その時、
「たまには家に帰れよ。今からでも送ってやるぞ」
墓場から男の声がした。
「いいよ、もう遅いから。明日は帰るってば。どうせ今から帰ったって明日になっちゃうんだからね」
浮かれた声のその先に居たのは、さっき見失ったばかりの右川と兄貴の2人組である。
「お昼のメール、見てくれた?何でいつも返事くんないの?そんなだと、いつまでたってもスマホに慣れないよ。今度の誕生日にジャックあげるから、それは買わないで待っててね」
右川が一人で喋っている。兄貴の方は面倒くさそうに頷いているだけ。どう見ても、長続きしそうにない2人だった。てゆうか、元から相手にされてないだろ、おまえは。
反応の鈍い兄貴を持て余したか、右川は、「お水汲んでくるね」とか言いながら、こちらの水場に向ってピョコピョコとやってくる。辿り着いた先で、仁王立ちの俺に気が付いた。
ぎゃっ!と、叫ぶと同時に、青いバケツが転がる。