God bless you!
どんな風に、って言われても。
「こ、こんな所で何やってんの!」
右川は、後ろの兄貴に見せた最高の笑顔とは真反対、最悪の形相で俺を睨み付けた。思わせぶりに、後ろの兄貴に目線を飛ばしてやると、右川は急に落ち着かない様子で弁解を繰り出す。
「何考えてるか知らないけど、あの人は……そうゆうんじゃないからね」
「そういうふうに見えたけど」
「マジで?ふふふ。でもアキちゃんはさ……あの人は従兄弟だからさ」
「そういうふうに見えないけど」
「マジで?ふふふ。で、どんな風に見える?」
「は?」
どんな風に、って言われても。
「今日は帰らないとか何とか。聞こえただけでも十分怪しいっていうか」
「ふむふむ。ふふふ。で?」
で?……これ、何?
この一連のやり取り、何だか妙だと感じた。何かがおかしい。俺は右川をイジっている、はずだった。弱みを握って追い詰めている、はずだった。だがイジられている方の右川と言えば、ずっと薄笑いを浮かべている。言葉とは真反対、怒りや恥ずかしさ、困った様子などは微塵も感じられない。困るどころか、2人の関係を追求される事に、どこか喜びを感じているようにすら見えるのだ。
「あたし、家だと学校が遠いから、店に泊まることもあるっていうだけで」
「泊まる?それって家の人とか知ってんのか」
そこで初めて右川の表情に険が浮かんだ。
「家の人よく知ってるよ。本当に従兄弟だから気にしないで」
自ら従兄弟だと名乗って、兄貴が不意に近くまでやってきた。「彼氏でも何でもないから、それも気にしないでね」と意味深にニヤリとやられる。
「いや、別に気にしてないですけど」
兄貴は大人の余裕で笑い飛ばすと、いがみあう俺達を穏やかに無視してバケツに水を汲み始めた。こないだ朝比奈と店に入った時の事を思い出した。右川の事を頭の神経がキレてるとかムダに地味だとか、他にも余計な事を結構言った気がする。バツが悪い。そんな気まずい空気を察してくれたのか、従兄弟の方から「学校で、ずいぶん迷惑掛けちゃってるみたいだね」と振られて、逆に気を遣われた。「悪いね」と、右川の代わりだと言って頭なんか下げられたら、ますます立場が無い。
「迷惑なんて。それ程ではなくて。もう全然です」と事実を放り投げて、こっちもペコペコと頭を下げた。右川がチッと舌打ちする。
「用無いんでしょ。さっさと帰んなよ。何ぐずぐずしてんの。オバケが怖いの?」
「てゆうか、オバケが怖いのおまえだろ。何だよ、さっきのビビった顔」
「だって、あんたのその格好、どう見てもアンデッドじゃん」
うッ……痛い所を突かれた。
さっき隠れたクリーニング屋の看板のせいで、ジャージが酷く汚れてしまったのだ(何故?クリーニング屋のくせに)。見ようによってはバイオハザード。ジャージ姿のゾンビである。
「なにその格好。汚ったね!いくら真夜中だからって、それでよく外歩けるね。信じらんない。それでも人かよ」
パコン!
これは俺が凹んだ音ではない。右川が従兄弟に頭を叩かれたのだ。
「友達に向かって、そんな言い方ないだろ」
それは男同士でも滅多にお目にかかれない、容赦ない一撃だった。従兄弟に思いのほか強く叱られてか、右川は一瞬で凹む。
「どうしたの、何か探してるの?」と従兄弟は、ぐっと砕けた態度でこちらに接してくれたので、「実は、迷いこんじゃいました」と素直に白状した。
ださ~♪と歌った右川に、今度はゲンコツがお見舞いされている。今ので3センチは縮んだな。
「あそこのマンションの人?」と従兄弟に指をさされて、自分はそんな豪華な方ではなく、その遥か先に建つ中古の公団住宅だと伝えた。
「マンションの人でさ、近道だと思って入ってくる人が結構いるんだよね」
この墓の先に道は抜けていないと教えられた。そうなると、もと来た道を戻るしかないのか。
「君なら大丈夫かな」
従兄弟は、上から下まで俺を眺めて、イタズラっぽく笑う。
「え?」
「ツツジの植え込みをくぐって、その先の柵を飛び越えたら、マンションの脇に出るんだよ」
それが知る人ぞ知る、獣道のような近道らしい。辺りは真っ暗でツツジの先までは見通せないけれど、試してみる価値はありそうだ。柵は1メートルくらいの高さだという。
「それなら、行けそうです」
そんな柵なんて、取ってこ~いの裏山に比べたら、ちょろいもんだ。
「そだね♪汚れようが破れようが平気だもんね。その格好じゃ」
「格好じゃねぇよ。俺は身体能力を見込まれたんだよ」
「そう。カズミと違って、彼は背も高いし」と従兄弟が俺に味方してくれる。
カズミ?あ、下の名前か。従兄弟に頭を押さえつけられて、「ちょっとーもぉー!」とバタバタ暴れる〝カズミ〟を見ていたら、それがあんまり愉快なので遠慮なく笑わせてもらった。
「見ての通りのガサツだろ?」と従兄弟さんは、笑い掛けてくる。「はは」俺は苦笑いで頷いた。
「ガサツじゃないもんっ。茶道もやってるしっ」と右川はムキになる。それは鼻で笑った。
「ちょっと齧ったくらいでドヤ顔か。茶道なんて、カズミの柄じゃないだろ」
「だって……ギャップのある方がモテるんでしょ?意外性で言ったら、茶道とか華道とか。家庭科クラブとか?あ、それは意外性と言うより母性かな。アキちゃんはそっちが良かった?」
「カズミの場合は、まず落ち着け。彼氏も居ないガキのくせに、男を意識して語るんじゃない」
俺達が声を揃えて笑うと、右川は、「もぉぉぉぉ」と不満を露わにした。俄然、いい気味である。
その従兄弟さんは、さすが店をやってるだけあってか、すこぶる愛想が好いと感じた。ワイルドな外見とは対照的に、意外にも穏やかな目元で、柔らかい雰囲気を持っている。双浜の卒業生と聞けば、一層身近に感じた。どれだけ年上だかしらないけれど、同じ先輩と呼ぶなら、こういう人がいいよな。(俺の事を、弟くん呼ばわりしたいつかのお友達は削除だ。)
ここで朝比奈の事を聞かれて、照れもせず、「彼女です」と白状した。
「よく家族で来てくれるんだよ。感じのいい子だよね。カズミは、ああいう同級生をお手本にしろよ」
朝比奈本人に伝えるのは、もうちょっと後にしよう。(いい気になるから。)
思いがけなく意気投合した俺達を尻目に、右川はすっかり不貞腐れた様子だった。従兄弟さんに、「ツツジの道を途中まで案内してやれよ」と言われても、「は?どちらサマに?」と、そっぽを向く。補習の面倒を見てやったというのに、その恩は思いっきりアダで返されたという訳だ。
右川に送られる程、落ちぶれてはいない。俺は従兄弟に一礼して、独り、教えられたツツジを目ざした。
少し進んで、途中で振り返る。2人の様子を窺った。
お墓の前、右川と従兄弟さんは、真面目な様子でお墓に向かい、手を合わせている。右川の、それはまるで別人のような真摯な態度であった。
それを不思議な気持ちで眺めていると、ふと、右川と目が合った。
右川がニッと笑う。口元が真横に裂けた右川の顔が、ろうそくの火に下から照らされて青白く浮きあがった。それは世にもおぞましい顔を作って見せているのだ。オバケより100倍不気味だった。何やら背中に別の気配を感じた気もするし、春どころじゃない寒気もしたような。……もう、やめよう。
俺は逃げるように足早にその場を離れた。
泥だらけ、そしてツツジの枝に引っ掻かれて傷だらけで家に着く。
そう言えば、従兄弟さんの名前を聞いていない。確か右川が、アキちゃんと呼んでいたな。それどころか、自分も名乗っていない事に気付いた。
大先輩に向かって、何と言う礼儀知らずの後輩だろう。また朝比奈と行く次の機会に必ず、だな。
それが、まるで締め切りを決められている課題のように、頭の中に残った。
右川は、後ろの兄貴に見せた最高の笑顔とは真反対、最悪の形相で俺を睨み付けた。思わせぶりに、後ろの兄貴に目線を飛ばしてやると、右川は急に落ち着かない様子で弁解を繰り出す。
「何考えてるか知らないけど、あの人は……そうゆうんじゃないからね」
「そういうふうに見えたけど」
「マジで?ふふふ。でもアキちゃんはさ……あの人は従兄弟だからさ」
「そういうふうに見えないけど」
「マジで?ふふふ。で、どんな風に見える?」
「は?」
どんな風に、って言われても。
「今日は帰らないとか何とか。聞こえただけでも十分怪しいっていうか」
「ふむふむ。ふふふ。で?」
で?……これ、何?
この一連のやり取り、何だか妙だと感じた。何かがおかしい。俺は右川をイジっている、はずだった。弱みを握って追い詰めている、はずだった。だがイジられている方の右川と言えば、ずっと薄笑いを浮かべている。言葉とは真反対、怒りや恥ずかしさ、困った様子などは微塵も感じられない。困るどころか、2人の関係を追求される事に、どこか喜びを感じているようにすら見えるのだ。
「あたし、家だと学校が遠いから、店に泊まることもあるっていうだけで」
「泊まる?それって家の人とか知ってんのか」
そこで初めて右川の表情に険が浮かんだ。
「家の人よく知ってるよ。本当に従兄弟だから気にしないで」
自ら従兄弟だと名乗って、兄貴が不意に近くまでやってきた。「彼氏でも何でもないから、それも気にしないでね」と意味深にニヤリとやられる。
「いや、別に気にしてないですけど」
兄貴は大人の余裕で笑い飛ばすと、いがみあう俺達を穏やかに無視してバケツに水を汲み始めた。こないだ朝比奈と店に入った時の事を思い出した。右川の事を頭の神経がキレてるとかムダに地味だとか、他にも余計な事を結構言った気がする。バツが悪い。そんな気まずい空気を察してくれたのか、従兄弟の方から「学校で、ずいぶん迷惑掛けちゃってるみたいだね」と振られて、逆に気を遣われた。「悪いね」と、右川の代わりだと言って頭なんか下げられたら、ますます立場が無い。
「迷惑なんて。それ程ではなくて。もう全然です」と事実を放り投げて、こっちもペコペコと頭を下げた。右川がチッと舌打ちする。
「用無いんでしょ。さっさと帰んなよ。何ぐずぐずしてんの。オバケが怖いの?」
「てゆうか、オバケが怖いのおまえだろ。何だよ、さっきのビビった顔」
「だって、あんたのその格好、どう見てもアンデッドじゃん」
うッ……痛い所を突かれた。
さっき隠れたクリーニング屋の看板のせいで、ジャージが酷く汚れてしまったのだ(何故?クリーニング屋のくせに)。見ようによってはバイオハザード。ジャージ姿のゾンビである。
「なにその格好。汚ったね!いくら真夜中だからって、それでよく外歩けるね。信じらんない。それでも人かよ」
パコン!
これは俺が凹んだ音ではない。右川が従兄弟に頭を叩かれたのだ。
「友達に向かって、そんな言い方ないだろ」
それは男同士でも滅多にお目にかかれない、容赦ない一撃だった。従兄弟に思いのほか強く叱られてか、右川は一瞬で凹む。
「どうしたの、何か探してるの?」と従兄弟は、ぐっと砕けた態度でこちらに接してくれたので、「実は、迷いこんじゃいました」と素直に白状した。
ださ~♪と歌った右川に、今度はゲンコツがお見舞いされている。今ので3センチは縮んだな。
「あそこのマンションの人?」と従兄弟に指をさされて、自分はそんな豪華な方ではなく、その遥か先に建つ中古の公団住宅だと伝えた。
「マンションの人でさ、近道だと思って入ってくる人が結構いるんだよね」
この墓の先に道は抜けていないと教えられた。そうなると、もと来た道を戻るしかないのか。
「君なら大丈夫かな」
従兄弟は、上から下まで俺を眺めて、イタズラっぽく笑う。
「え?」
「ツツジの植え込みをくぐって、その先の柵を飛び越えたら、マンションの脇に出るんだよ」
それが知る人ぞ知る、獣道のような近道らしい。辺りは真っ暗でツツジの先までは見通せないけれど、試してみる価値はありそうだ。柵は1メートルくらいの高さだという。
「それなら、行けそうです」
そんな柵なんて、取ってこ~いの裏山に比べたら、ちょろいもんだ。
「そだね♪汚れようが破れようが平気だもんね。その格好じゃ」
「格好じゃねぇよ。俺は身体能力を見込まれたんだよ」
「そう。カズミと違って、彼は背も高いし」と従兄弟が俺に味方してくれる。
カズミ?あ、下の名前か。従兄弟に頭を押さえつけられて、「ちょっとーもぉー!」とバタバタ暴れる〝カズミ〟を見ていたら、それがあんまり愉快なので遠慮なく笑わせてもらった。
「見ての通りのガサツだろ?」と従兄弟さんは、笑い掛けてくる。「はは」俺は苦笑いで頷いた。
「ガサツじゃないもんっ。茶道もやってるしっ」と右川はムキになる。それは鼻で笑った。
「ちょっと齧ったくらいでドヤ顔か。茶道なんて、カズミの柄じゃないだろ」
「だって……ギャップのある方がモテるんでしょ?意外性で言ったら、茶道とか華道とか。家庭科クラブとか?あ、それは意外性と言うより母性かな。アキちゃんはそっちが良かった?」
「カズミの場合は、まず落ち着け。彼氏も居ないガキのくせに、男を意識して語るんじゃない」
俺達が声を揃えて笑うと、右川は、「もぉぉぉぉ」と不満を露わにした。俄然、いい気味である。
その従兄弟さんは、さすが店をやってるだけあってか、すこぶる愛想が好いと感じた。ワイルドな外見とは対照的に、意外にも穏やかな目元で、柔らかい雰囲気を持っている。双浜の卒業生と聞けば、一層身近に感じた。どれだけ年上だかしらないけれど、同じ先輩と呼ぶなら、こういう人がいいよな。(俺の事を、弟くん呼ばわりしたいつかのお友達は削除だ。)
ここで朝比奈の事を聞かれて、照れもせず、「彼女です」と白状した。
「よく家族で来てくれるんだよ。感じのいい子だよね。カズミは、ああいう同級生をお手本にしろよ」
朝比奈本人に伝えるのは、もうちょっと後にしよう。(いい気になるから。)
思いがけなく意気投合した俺達を尻目に、右川はすっかり不貞腐れた様子だった。従兄弟さんに、「ツツジの道を途中まで案内してやれよ」と言われても、「は?どちらサマに?」と、そっぽを向く。補習の面倒を見てやったというのに、その恩は思いっきりアダで返されたという訳だ。
右川に送られる程、落ちぶれてはいない。俺は従兄弟に一礼して、独り、教えられたツツジを目ざした。
少し進んで、途中で振り返る。2人の様子を窺った。
お墓の前、右川と従兄弟さんは、真面目な様子でお墓に向かい、手を合わせている。右川の、それはまるで別人のような真摯な態度であった。
それを不思議な気持ちで眺めていると、ふと、右川と目が合った。
右川がニッと笑う。口元が真横に裂けた右川の顔が、ろうそくの火に下から照らされて青白く浮きあがった。それは世にもおぞましい顔を作って見せているのだ。オバケより100倍不気味だった。何やら背中に別の気配を感じた気もするし、春どころじゃない寒気もしたような。……もう、やめよう。
俺は逃げるように足早にその場を離れた。
泥だらけ、そしてツツジの枝に引っ掻かれて傷だらけで家に着く。
そう言えば、従兄弟さんの名前を聞いていない。確か右川が、アキちゃんと呼んでいたな。それどころか、自分も名乗っていない事に気付いた。
大先輩に向かって、何と言う礼儀知らずの後輩だろう。また朝比奈と行く次の機会に必ず、だな。
それが、まるで締め切りを決められている課題のように、頭の中に残った。