God bless you!
……怒り。ただ、怒り。
3セットが始まった。
この最終セット、15点先取で勝負は決まる。
掛け声と同時に、メンバーはコートに散らばった。
怒りのまま、その勢いで飛び出した俺は、作戦会議の色々をすっかり忘れ、何処をどうしていいのか一瞬分からず、コートのド真ん中に立ちすくんだ。先輩に、「おい。おまえのポジション、こっちだろ」と、ユニフォームをグイッと引っ張られて前衛に立たされる。それにまずカチン!ときた。
「偉そうに。指図すんじゃねーよ」
うっかり呟いて、慌てて口元を押さえた。周りの歓声に掻き消されたお陰で、その声は先輩には届かず。内部争いの大乱闘にならずに済んだとはいえ……先輩だぞ。どうした、俺。
その場は何とか抑えたものの、イライラは、その後も続いた。我慢しようと抑えれば抑えるほどブクブクと湧きあがってくる。それは恐らく、肝心の3セットも、敵の優勢が先行したからに違いない。
4―8
あっという間にダブルスコアという大差を付けられてしまった。
もう怒りがどうにも抑えきれない。
先輩のサーブが失敗してネットを越えられず転がると、その球を目で追いながらチッと舌打ち。俺のブロックがタッチネットを取られると、「くそジジイが」とばかりに審判でさえ敵になった。エース中西が華麗なアタックを決めれば、「格好つけやがって」と遠慮なくガンを飛ばす。
俺をオトリにして時間差攻撃だと?そんな味方のプレーを讃えるハイタッチには刺すような痛みをもって制裁を与えた。
サーブを拾った味方レシーブが、弾かれるままに高く舞い上がる。それを捉えようとセッターがその下で待ち構えていた。俺は無言で横から割り込むと、そのままダイレクトに相手コートに叩きこむ。ボールは螺旋のような渦を描いて、相手コートのド真ん中を刺した。
ホイッスル。そして周囲の歓声と共に、体中がカーッと熱くなる。
辺りを見回すと、敵も味方も同じ表情で唖然と、立ち尽くしていた。
「さ、沢村。あのさ。いいよ。いいんだよ。いいんだけどさ、声出してくれよ」
何やら怯えている先輩セッターに向けて、俺はキッと眼力で頷いた。
「おまえ……急にどうしちゃったの?」
リミッターがブチ切れ。バーサク状態に突入。超絶ハイパーモードが降臨。
プレイを讃えるハイタッチに集まった先輩メンバーから、口々にこう言われて、ま、悪い気しない。
7―10
3点差まで追い上げてきた。敵がタイムを取ったので、こちらもベンチに引っ込む。矢吹のヤツが嫌味を言いに、わざわざ隣にやって来た。「何イキってんだよ。そこまでして女にいいとこ見せたいか。小せぇ」耳元でブンブン言ってくれるけど、いちいち聞いてるどころじゃない。ウザい殺すゾとばかりに、飲み終わったスポーツドリンクを押し付けて黙らせた。
……怒り。
ただ、怒り。
怒りが、理性もチームワークも、全てを脳ミソから吹き飛ばす。
俺の速攻がアウトになって、また2階からヤジが飛んできた。だが今となっては、ヤジだろうがゴミだろうが、俺の怒りの炎を大きくするだけの餌食である。
俺に向けて、攻撃のチャンスは何度も巡ってきた。攻撃は最大の防御とばかりに、失敗をモノともせず、俺は何度も速攻を打ち込む。たまに繰り出すフェイント攻撃に、敵がオロオロと戸惑うのが快感だった。
先輩が2点続けて速攻を決めた辺りで、ひょっとすると?そんな勝利の可能性が感じられてくる。
12-14
だが相手はマッチポイント。さらに2点も差がある。可能性という以上の確信は無かった。それでも今この瞬間、勝てる空気の中に俺は居る。俺だけは、間違いなく居る!と感じる。新人のチャレンジャーなどという生ぬるいポジションではない。選ばれたファイターだという高揚感に満たされていた。中3夏の予選大会以来、こんな気分は久しぶり。1年という立場に甘んじて、最初から勝負を諦めていた自分が……今は悔しいな。
14-14
デュースに持ち込んだ喜びは、ブロックを決めた先輩のもの。俺のものじゃない。ハイタッチは驚くほどに冷静だった。先輩のジャンプサーブが決まって、そこからもう1点。
そして、あと1点。
再び巡ってきた前衛に、チャンスを信じて待ち侘びていたその時、敵の寄越したレシーブが甘く膨らんで、真っ直ぐ俺に向かってきた。これは、ご褒美だ。
味方にレシーブもトスも許さず、俺はそのままダイレクトに敵に打ち込む。
そこで試合終了のホイッスルが鳴った。
YOU WIN。
……終わった。決着がついたと実感できた途端に、時間が早く流れ出す。
怒りに抑えつけられた緊張と恐れが一気に散らばって、ベンチの先輩達とはまるでクラスメートのように体中を叩き合い、ノリや工藤と共に黒川を強引に引っ張り込んで押したり引いたりメガネと一緒にグチャグチャにしてやったり、呆気に取られている矢吹先輩に堂々と勝利の喜びを見せつけてやれ!と思ったが……ここで力の無駄遣いは止めにしよう。あのチビに、この勝利を叩きつけるまでは!
俺は場外に居たさっきの女子に、静かに近づいた。
「右川を呼べ」
女子はスマホを握ったまま、ぽかんと俺を見上げる。
「今すぐここに連れてこい!」
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