God bless you!
「ヨウジに用事♪」
コアラではないが、お菓子が復活した。
オレオ、ブラックサンダー、のど飴。3つもある。
さっそく試合効果が現れたのかな。これはやっぱり俺を気に入ったらしい女子の仕業なのだと、ささやかに気を好くした。
月曜日。
凱旋パレードの如く、朝から満面の笑みでもって、俺は登校した。
昨日の試合の顛末は早速クラス中、あるいは1年フロア中に伝わっているのだろう。休憩時間になる度に仲間が入れ替わり立ち替わりやってきて、俺は讃えられ&叩かれ&ド突かれ&オゴれ!と揉みくちゃにされ、もうよれよれ……悪い気はしないけれど、早くも食傷気味だ。
「ここんとこ、どうしたの?」と、女子に肘の辺りをつつかれた。勝手に袖をめくられて、大きめの絆創膏が露わになる。「ちょっと青痣が出来て」
「名誉の負傷かぁ」
そういう事にしておいた。
頭に浮き上がってきたツブの幻を、ギュッと押し潰す。
「あー、早く昼休みにならないかな」
4時間目なんて、じれったい。
『やっとお祝できるね』と、朝比奈からラインが来ていた。実の所、誕生日は試合よりも先に来ているのだが、色々あって何だか落ち着かないから。だったら全てが終わってから盛大に、と話がついている。
朝比奈とは音楽室で待ち合わせをした。もう世間にひけらかす必要など無い。俺達の事は十分に知られている。静かに&ささやかに、2人きりで、まぁ色々。試合のプレッシャーから解放されて、ようやくの穏やかな日常だった。
空を見ると、6月を目前にして雨雲も容赦なく張り出してくる。4時間目が終わる頃には、今にも降り出しそうに迫ってきた。昼休みになり、朝比奈の待つ場所へと荷物を抱えて立ち上がった時、「沢村ぁ」と、よりによって永田2号が賑々しく現れる。「暑苦しいな」雨よ降れ。
「何か用かよ」
「ヨウジに用事」
それは幼稚園時代からこれまで、仲間に何度も言われて、からかわれてきた。親を怨む。これから弁当だと告げて、「どうせたいした事じゃないだろ」と適当にあしらって待ち合わせに向かおうとした。
「あ、バレー部勝ったんだって?」
よかったよかった勝った勝った!と、永田に肩を叩かれて、その勢いでまた椅子に座らされた。今さらの話を蒸し返され、こないだの試合展開がどうのこうのと、何故かダメ出しが始まる。弟は兄貴以上に強引で、兄貴以上にしつこい。こっちは朝比奈を待たせている事を思うとイライラしてきた。
「あっち男子高だろ?女がキャーキャーいうもんだから腹立ってよォ」
よくやった!よくやった!と頭を撫でられる。永田がこうやって絡んでくる時、いつも朝比奈を待たせる結果になるのは……俺の気のせいだろうか。
「こないだの合コンだけどよ。ブスばっか。萎えるワ」
胸がデカいとか可愛くないとか、色々うるさくやって来るくせに、やっぱりただの一言も朝比奈の事を話題にしない。この期に及んで、永田だけが俺らの事を知らない……なんて事があるだろうか。一抹の不安がよぎる。これは気のせい、という事にしておきたい。
いつまでも付き合っていられないと、意を決して立ち上がったそこに、聞こえてきた。
「右川亭、あいつ今朝も居たよ」
教室で弁当を食ってるやつらの間で、毎度おなじみ、右川の会が始まっている。
「しつこいね。あのチビ」
おまえらも、な。
「実はあそこの店でバイトしてんじゃないの?」
惜しい。
「朝から?従業員も居ないのに?泥棒してんじゃないか?」
俺もそう思ってた。
「そういや、右川が学校のトイレットペーパー盗んでるとこ、見たぞ」
ビンゴ。証拠は上がっている。
「ひょっとして、あそこが窃盗団のアジトになってるとか」
ライスの中には盗聴器が仕掛けられている、右川のリュックには変装道具が詰まってる、そういや昨日はかなり凝ったカツラをしていたゼ、今夜あの店で作戦会議が極秘裏に、そして次のターゲットは……。
なるほど。
こうやって右川の会は暴走するのか。
「あそこんち、右川の親戚だよ」
不意に俺が割り込んだら、「え?そうなの?」と一斉に驚きの声が上がった。どうやらそこまでは誰も知らなかったらしい。いつの間にか、右川の会にネタを提供するまでになっているとは、俺も堕ちたもんだ。ついでに、若い方の店員が従兄弟だという事も教えてやった。
従兄弟の存在を今まで黙っていたのは、右川に口止めされたからじゃない。発揮する場が無かっただけ。そう言い聞かせてはみたけれど、何の覚悟もなく安易に周囲に暴露してしまった事に、どことなく後味の悪さを覚える。
後を尾けてやる!と、まだまだ企む永田を振り切って、俺は朝比奈のもとに急いだ。音楽室に入ると、朝比奈はもう来ていて、誰だか女子と2人、賑やかにおしゃべりしている。その顔に……ツブに、嫌というほど見覚えがあった。
「ヒロシくん♪遅いよ」
くそチビ。
「ヒロシじゃない。……ヨウジだ」
「わ、外れたっ」と、右川は頭を抱えた。隣では朝比奈が、「ぶー。外れちゃったね」と、ニコニコと繰り返す。思わず、チッと舌打ちが出た。
あいつの下の名前なんつーの?これって何て読むの?あったし漢字分かんないんだよね。んじゃ、ヒロシに賭けた!これが外れたら、あたし学校辞めるね♪
恐らくそんなやり取りか。
他人の名前をエサに、2人で随分盛り上がっていたんだろう。
「サワムラヨウジ。うわ!典型的な名前負け。てゆうか、どっかのオッサンみたいじゃない?」
「うるせぇよ!文句があんなら親に言え」
何と言う無神経な女だろう。
あんな酷い事をしておいて、平然とやってきた。平然と、嫌味を垂れ流す。
「何の用だ」と、俺は極めて冷淡に扱った。
「ヨウジに用事♪」
朝比奈がツボったらしい。笑いが止まらない。意味も無く、こっちが負けた気分になる。
ふと見ると、厚さ1センチにもなりそうなプリントの束が机の上にあった。何かと思って俺が覗こうとすると、「嫌らしい」と右川は束を丸めて、そそくさと足元のリュックに納める。
「おまえ、まだ補習されてんのか」
呆れて物が言えない。朝比奈が、手に持っていたペンを、こっそりと右川に返している。……教えていたのか。
「右川なんかに恩を売っても、アダが100倍になって返ってくるだけだぞ」
「そーそー。あたし、アダで返すの得意だからさ」
右川は、ケケケ♪と笑うと、
「これあげる。2人で食べてね」
右川は朝比奈に紙袋を強引に渡して、リュックを担ぎ、そそくさと立ち去って行った。
「アダが返ってきたみたいだよ」
中身を見るとやっぱりというか……ギョウザ。いつかのように、折りたたまれた1枚の紙。俺は、それを朝比奈の手から引ったくる。
〝慰謝料で~す♪〟
ふざけてる。
「あんだけ恥かかされて……くそ!こんなもんでゴマかされてたまるか!」
「試合にも勝ったんだから、もういいじゃん。許してあげたら?」
「良くねーよ!絶対許さない。あの毛玉のチビは全く反省してない」
「反省してるんだよ。だから、くれたんでしょ?これ……ギョウザ」
朝比奈の目は笑っている。まるで弟くんの幼稚な態度を諌める姉貴の図だ。
「沢村先生、1度はちゃんと謝ろうよ」
「は?何でこっちが謝るんだよ。最初に頭突きを喰らわせたのは、右川の方だ」
「ボールをぶつけるって言うのは、やっぱり良くないと思うし」
「教えてくれ。君は一体、どっちの味方?」
悔しくないのか。周囲は右川の噂ばっかり。俺達の事なんか放ったらかしだったというのに。朝比奈自身、俺と付き合ってる事で女子としての感性を疑われている事実を聞かせてやろうかと思ったが、そんな込み入った話をするほど右川と接触してるって誤解されても困ると思って、思い留まった。
「右川さんはもう機嫌直ってるんだから、そんないつまでも……ねえ!誕生日どうするの?」
いたたまれなくなって俺はその場を飛び出した。最後に聞こえた一言に、途中振り返りそうになったけれど、そこまではどうにも自分の気持ちが持ち上がらないと、そのまま突き進んできてしまう。
自分でも分かってる。
そんないつまでも、と思うけど。
全てにおいて右川に負け続けている。そんな悔しさがどうにも収まらないのだ。
メシを食いっぱぐれたまま、5時間目、6時間目、そのまま放課後の部活に突入した。今日の部活では、矢吹先輩からの嫌がらせはなかった。命拾いした、というだけの事だ。今となっては、先輩のどこを、あんなに怖れていたのか分からない。
部活を終え、その日、俺は珍しく1人で帰り道を急いだ。あれから、朝比奈とは1度も口を利いていない。ラインも来ていない。このまま自然消滅とは、思いたくなかった。徐々に、永田2号の鬱陶しい顔が浮かんでくる。
右川亭は営業中だった。腹が鳴る……足早に通り過ぎた。
右川寺は暗く沈んでいた。寒気がする……遠くに望んだ。
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