God bless you!
反省しているという意味にも取れる。
「教科書、忘れた。くれ!」とか、「CD返せ!」とか、誰と誰が付き合っているとか別れたとか、そんな話題のついでに、ささやかにいつかの俺を讃えて仲間はすれ違っていく。だが、昼休みに至る頃にはもう誰も、俺の活躍について何も言わなくなった。アッという間の、短いトピック。
それなのに……右川の会は、今も元気に続いている。
「それ1組の?数学?まさか右川?あ、オレも写させてもらってい?」
「あいつ数学は力入ってるよー。だけど原田の長文読解は今日も爆睡だよー」
「右川が通販で買ったとかいうブルブルのあれ。音がうるさくない?」
「クソうるせぇ。てゆうか、次の5時間目に借りてるの、あたしだからね」
耳を塞いで下を向いていた所に、工藤とノリがやってきた。
「今日も放課後は生徒会?」と、工藤がのたまう。
一体、おまえはどこまで行くのか。
「あ、これ書記さんにって、マネージャーさんから」と、ノリが寄越したのは〝バレー部6月の体育館利用申請書〟 思わずムッときて、書類を帰り撃ち、ノリに押し付けた。
「おまえが持って行けよ。ついでに書記に推薦してやろうか」
俺の剣幕に、2人はグッと詰まった。
もうこれ以上、何も言わせないぞ。
ノリと工藤の2人は、しばらくお互いに顔を見合せて、何やら困惑している。何やら言いたそうにも見えた。ふと気が付けば、2人共、何やらをモグモグと食っていて……気まずい雰囲気を飛ばせとばかりに、「それ、俺にもくれよ」と、ノリに向かって手を出した。
「もう無いよ。右川さん行っちゃったし」
「右川?」
「オレオだろ。俺もさっきもらったよ」と、工藤が言う。
血の気が引いた。お菓子は右川の所業だと、今日初めて知った。あやうく別の勘違いをして、人間失格レベルの大恥をかく所だったか。
そして、右川は毎度のごとく、いつのまにかこの教室にやって来ていたのだ。
俺に挨拶無し。オレオも無し。
てことは右川のヤツ、とうとう俺を無視する気なのか。
俺は、昼休みの時間を持て余していた。朝比奈と何の約束もしないままの昼休み。ラインは送っている。既読済み。だがまだ1度も返信されてこない。つまり、ちゃんと仲直りしていないのだ。
「まだ怒ってんのかな。怒っていたのは俺の筈なんだけど」
姉貴の逆ギレ……俺には姉が居ないので良くは分からないが、何となくそういうのは厄介な気がする。
そんな事を考えながら、5時間目が始まるまでの時間、あてもなく校舎を彷徨っていると、ふと目線の先に堀口を見つけた。巨乳体型ですぐに分かる。いまさらを承知で、いつか黒川が強引に書類を頼んだ事を詫びると、「いーってばよ」と、堀口は人の好さそうな笑顔をぱあっと咲かせた。
「僕さ、最初誰が誰だかよく分かんなくて、間違ってなきゃいいけど。あれだけの人数、人を探して配って歩くのは正直キツかったよ。生徒会って大変だね」
とりあえず、いいヤツだった。
「ちょっとぐらいならいつでも手伝うよ。沢村くんも書記さん、頑張って」
書記を頑張れと言われるあたりは大きなお世話だが、かなり……ま、いいヤツである。こんなヤツばかりなら、生徒会もどんなに楽だろう。
話題は、こないだの試合の事になり、「すげーなぁ。本当格好良かったよ」と、持ち上げられて……まぁ悪い気はしない。「カメラが趣味なの?」と尋ねたら、「うん」と、堀口はニコニコと笑う。
「あの試合で、誰だか先輩の写真を取ってくれって言うから。まぁ、ついでに右川も撮ったけど」
堀口は苦笑いして、「わざわざ塾を休んでまで、試合を見にいったんだよね」と言うが、それはどう見ても右川に面倒な事を押しつけられたという顔ではない。
「ついさっき、画像を渡したお礼だとか言って、お菓子なんか貰ってさ」
堀口の手には、おそらく貰いたてほやほやの、オレオ&チロル&のど飴が握られていた。
「またこれかよーって感じ。そろそろ違うもんが食いたいなぁ」
堀口は、ぽんとチロルを口に放り込む。
「……あ、余ってるけど、食べる?」
堀口はこっちの顔色を窺うように、チョコを一粒差し出してきた。俺は、そんなに物欲しそうな顔をして見えるか。「それは、いいよ」屈辱だから。
「堀口って、そんなに右川と仲良いの?」
「うん、まぁ。あ、勘違いしないでよ。そういうんじゃないから。僕痛いのは嫌だもん」
堀口は俺を指差して、けらけらと笑った。「頼む。そこは忘れろ」
「実はあの書類。途中から右川も配るの手伝ってくれたんだよね」
そうなのか?
そんな面倒な事からは真っ先に逃げ出しそうな右川が……いや、そうとも言えないか。ふと、思い留まる。環境活動にもちゃんと参加していた事を思った。黒川なんかに比べたら、責任感はあるかも。堀口を手伝ってやるという思いやりにも、何となく心が揺さぶられた。朝比奈の言うように、こっちがいつまでも怒るのも大人気ないのかもしれない。試合直後から、机にお菓子が復活していた事を思った。反省しているという意味にも取れる。
もしかしたら、さっきは俺にもオレオをくれようとしたのかもしれない。次に右川に会ったら、おう!と余裕で、こっちから挨拶ぐらいはしてやるか。
5時間目が終わり、6時間目が終わり、背後を絶えず窺ったけれど、そんな時に限って、右川は4組のクラスには一度も現れなかった。(お菓子も。)
放課後になり、いつものようにノリと工藤が4組にやってくる。ちんたら最後にやってきた黒川が、「松下くんが、生徒会室に来いってさ」と、俺の背中を叩くけど。
「あぁ、また配り物か」
あんまり続くと、ちょっと……てゆうか、かなり面倒だな。
その時、いつでも手伝うと言ってくれた堀口の笑顔が浮かんできた。空想ではあるが、堀口を手伝って必死で配って回る毛玉のチビも浮かんだ。面倒とか言える身分じゃない。少々部活に遅れたって、矢吹の嫌味が何だ。
「俺も強くなったもんだな」
クラスでは、迫りくる中間テストの話題で盛り下がっている。こうなったら右川の会どころじゃないだろう。バレー軍団に5組からわざわざやってきた永田2号が加わり、更に女子の群れがそこに引きつけられるように集まって、湯気の出そうな勢いで中間あるある!に沸いている。
「おまえらさ、さっさと部活に行けよって」
俺は、生徒会室に行かなくては。
1つため息をついて、立ち上がろうとしたその時、
「&%$8&%#‘!」
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