God bless you!
今は俺の彼女。〝朝比奈ユリコ〟
今は俺の彼女。
〝朝比奈ユリコ〟と初めて出会ったのは、入学式から3日後の放課後だった。
新入生が部活を選ぶために、約一週間のお試し期間がある。俺はバレー部に入る事を既に決めていたので、せめてこの期間ぐらいはと、今だけの有り余る自由を満喫していた。
駅前通り。スマホを片手にふらふらと目線の落ち着かない女子……それが彼女の第一印象である。あちこちをくるくると指さしながら、俺の目の前、歩道のド真ん中を歩いていた。
肩より少し長い髪。指定の真新しいカバンに、尻尾のような黄色いファーの塊をぶら下げている。
このままサクッと抜こうかどうしようかと迷いながら、俺はしばらく後ろを付いて歩いた。そのうち彼女の方が俺に気が付いて、
「ひょっとして、沢村くんだよね?4組の」
新入生代表挨拶の功名。はたまた中学時代の生徒会活動の陰徳。馴染みのないコに声を掛けられる事はこれまで多々あったので、「おう」俺は自然に愛想良く応えた。
「ね、いきなりで悪いんだけど、学校から北山駅まで歩くと、どれぐらい?」
そんな事をいきなり尋ねられて、いまさらそんな分かり切った事を?と不思議に思いながらも、「俺だと、歩いて20分くらいかな」と答えた。
「そっか。だったら明日もバスにするかな」
明日もバスってことは、今日もバスで来たのか。
これには首をかしげた。確かにバスはあるけれど、駅から学校までの道のりをバスでいくヤツは殆ど居ないからだ。信号を考慮すると結局10分以上は掛る。それに200円は勿体ないと、周りは大体、歩くか自転車だった。
「ちなみに隣の泉駅から学校までは、どれぐらい?」
「30分は掛かんないと思うけど、結構遠いよ」
「そっか。すると泉駅で降りるなら自転車ってことか」
顔に似合わずサバイバル・チャレンジャー。
ここでも首をかしげた。北山駅の隣駅と一口に言っても、泉駅はかなり遠い。そこから通うとなるとアップダウンの険しい坂道が待っている。自転車にも歩くにも厳しい。よって、その駅を使う生徒は皆無に等しいはずだ。
「君って、名前は?」
あさひなゆりこ、と名前を聞けた。5組だと言う。しかし聞き覚えがない。
「私って、この春に引っ越してきたばかりで。新入生っていうか、転校生みたいなもんだから」
分かり切った可笑しな事ばっかり聞くヤツだなぁと不思議に思っていたけれど、これで合点がいった。2人で北山駅まで並んで歩きながら、「泉駅はやめとけ」という忠告と共に、女子が好きらしい溜まり場の数々に加え、途中に見えた俺んちまで、聞かれもしないが教えてやる。
ついでに、朝比奈の家も尋ねたら、
「2駅隣りで、デカい公園の向こうだよ」って、どのデカい公園?
近所の公園の名前までは、まだ覚えていないらしい。
その後も学校で会えば挨拶がわりに色々と聞かれ、こっちはまるで優しいお巡りさんにでもなった気分で答えてやり、これを繰り返しているうちに、自然にどんどん仲良くなっていった。
これまで朝比奈は、親の転勤に付き合って何度も転校を繰り返しているらしく、
「前の学校は部活に熱心でね。昼休みの練習の為って、先生が早弁認めてたし。その前の私立は、学校横に大きなマンションがあるんだけど、そこ住んでる子はランチは家に帰ってOKとか」
そんな、様々な学校話が新鮮だった。
「ここは何か違うなって感じ」と、急に朝比奈は深刻な顔になる。
「入学してまだちょっとしか経ってないのに、何でみんなこんなに仲良しなの?」
確かに、朝比奈と同様、他中学から来たヤツらは、みんな一様に不思議がる。
「最初から仲のいい友達が居たら、私みたいな他所から来た子なんて、どうでもいいのかなぁ」
「イジメられてるって事?」
「ううん。仲良くしてくれるよ。でも、いつもすぐに中学の頃の話になっちゃって。そういう部分では仲間に入りづらいみたいな」
朝比奈の5組にナカチュウ以外の生徒は3人しか居ないらしい。
「中川軍団にどんどん自分から入って行かないとヤバいかも~って焦るし」
中川軍団……他中学から来た少数派が恐れと不安を持って、3つのナカチュウから来た俺達を暗にそう呼んでいる事は知っていた。それは脅威と同様の響きを持つ。
「同級生だけで、もうお腹一杯だよ。先輩の名前とか覚えるのも大変だし」
朝比奈は嘆いた。ヘタすると同じ仲間と6年間一緒という俺にとっては実感に遠い。
こんな感じで、朝比奈とは友達や町の事など、かなり色々と話した。話し込んでいると休憩時間なんかはアッという間で、できれば放課後っていうか、行き帰りとか、休日とか、もう少しっていうか。
「かなり……付き合って欲しいんだけど」
言い出したのは、俺の方だ。
「中川出身でもそんな大した影響力は無いけど、俺なんかでよかったら相談にのるよ」そんなような事も言ったと思う。
「またまたぁ。謙遜しちゃって」朝比奈は笑って、「楽しそう。沢村くんと付き合ったら、もれなく大漁の中川軍団がくっ付いてきそうだね」
返事代わりに、こう言ってくれた。彼女にとって、どっちがオマケなのか。まともに聞いたら多少複雑な気分である。
朝比奈は、今のところ部活を何もやっていない。放課後2人で一緒に帰る日は、俺が部活で先輩にイジられている間、朝比奈は図書室やマックなどで時間をツブしている。こっちが終わったらライン送信。朝比奈との待ち合わせは、いつも大体こんな感じだ。
今日は、朝比奈が引越したその日に家族で食べに来たと言う定食屋にやってきた。この店の存在を以前から知ってはいたけれど、俺は1度も入った事がない。堂々としている朝比奈とは対照的に、地元民の俺の方がキョロキョロと物珍しそうに店のあちこちを眺めてしまう。
店は、学校から歩いておよそ10分くらいを脇道に入った所にあった。
50代の親父と30代の息子。そんな親子のような店員が2人だけ。5つのカウンター席と4人掛けが2つの、こじんまりとした店だった。朝比奈という女子はこういう店でメシを食う事に何の抵抗もないのか。それを新鮮に感じながら、カウンターのはじっこに、俺は朝比奈と並んで座った。
今の所、客は俺達しか居ない。
「私は、肉もやし炒めのセットで」と、常連(?)の朝比奈が言うので、俺も右に倣う。「大丈夫?もやしテンコ盛りだよ」と、男の底力を疑われては引っ込んでいられない。「ご飯は大盛りで」と、注文に加えた。朝比奈は慣れた様子で、セルフサービスだという水を、俺の分も汲んで持ってくる。
「ところでさ、沢村くんは生徒会やるの?」
やらないよ、と即答。
「私からも頼んでくれって……頼まれたけど」
「誰から?」
「ある人から」
そこをどんなに突っ込んで尋ねても、朝比奈は謎めいて明かそうとしない。
「君がやれば。嫌でもみんなの顔覚えられるし」と意地悪すると、「いいわよぉーやるわよぉー」と、朝比奈はワザとらしく、ふくれて見せた。
若い店員から、先にライス大盛りと、「これサービスね」と、ギョーザがテーブルに置かれて、バトルは一時中断。ふわりとゴマ油が匂い立った。生唾もの。
朝比奈と2人で、店員に小さくお辞儀した。そのギョーザを2人でツマむ。
「生徒会やってたら、こんな風に一緒にご飯食べれないかもね」
朝比奈に向けて、俺は大きく頷いた。
松下先輩は今日も、「予算委員会が近いから、忙しくて」と生徒会に向った。遅くまで居残りする日もあるらしい。朝比奈の言う通り、放課後も何も、こんな風にゆっくりメシなんか食っていられないだろう。俺は絶対に関わらないと改めて心に誓う。
「2年で副会長やってる永田さんてさ、永田くんのお兄さんなんだね」
「うん。よく似てるだろ」
5組で朝比奈と同じクラス。いつも4組で大暴れの永田ヒロトは、副会長・永田先輩の弟でもある。ナカチュウの名物兄弟。永田1号2号と、暗に呼ばれている。兄弟揃ってバスケ部だ。
柔和な草食系タイプの松下先輩とは対照的に、永田先輩はどちらかというと攻撃的な肉食系タイプ。その遺伝子は弟にも通じているようで、こっちが急いでいる時に限ってガツガツとやってくる。今日も出掛けに、「書記はオレ様がやってやる!ゆずれ!差し出せ!」とギャンギャン吠え立てた。対抗心を煽り、兄弟が一丸となって俺を囲い込もうとする作戦なのか。そんなにやりたいなら、おまえがやれ。2号に譲って終わるもんならサッサとそうしたい。1号2号、兄弟仲良くやってくれ。
「でも永田くんてさ、ああ見えて、結構優しいよ」
何を言い出すのかと思ったら……「永田が?」肉食が?優しい?
「こないだ清掃活動を押しつけられそうになった時、助けてくれたよ。おまえ沢村の彼女だろ、って」
「それは永田のおかげじゃなくて、俺のおかげでは?」
「……そうとも言う、かも」
朝比奈は、どうにも府に落ちない様子で水を一気飲みすると、また水を注ぎに立った。しまったと思った時は、もう後の祭り。ちょっと恩着せがましい事を言ってしまったかもしれない。彼氏の前で、それも永田なんかを持ち上げられたとしては黙っていられなくて、つい。俺もコップの水を一気飲みした。お許しを請うがごとく朝比奈の後ろに貼り付いて並ぶ。
その時、ふと思った。永田は、朝比奈が俺の彼女だと知っていて、それなのに俺の前でただの1度もそれを口にした事がない。これは何故だろう。
誰と誰がくっついたとか別れたとか、そんな類のエサ話には真っ先に食いつく肉食の永田が。嬉しそうに先を争って周りに振れ回るであろう、あの永田が……そこで、定食が出来上がりを告げる。
しばらく食べる事に没頭していると、不意に朝比奈が顔を近づけてきて、こっそりと囁いた。
「知ってる?ここって右川亭だよね」
〝朝比奈ユリコ〟と初めて出会ったのは、入学式から3日後の放課後だった。
新入生が部活を選ぶために、約一週間のお試し期間がある。俺はバレー部に入る事を既に決めていたので、せめてこの期間ぐらいはと、今だけの有り余る自由を満喫していた。
駅前通り。スマホを片手にふらふらと目線の落ち着かない女子……それが彼女の第一印象である。あちこちをくるくると指さしながら、俺の目の前、歩道のド真ん中を歩いていた。
肩より少し長い髪。指定の真新しいカバンに、尻尾のような黄色いファーの塊をぶら下げている。
このままサクッと抜こうかどうしようかと迷いながら、俺はしばらく後ろを付いて歩いた。そのうち彼女の方が俺に気が付いて、
「ひょっとして、沢村くんだよね?4組の」
新入生代表挨拶の功名。はたまた中学時代の生徒会活動の陰徳。馴染みのないコに声を掛けられる事はこれまで多々あったので、「おう」俺は自然に愛想良く応えた。
「ね、いきなりで悪いんだけど、学校から北山駅まで歩くと、どれぐらい?」
そんな事をいきなり尋ねられて、いまさらそんな分かり切った事を?と不思議に思いながらも、「俺だと、歩いて20分くらいかな」と答えた。
「そっか。だったら明日もバスにするかな」
明日もバスってことは、今日もバスで来たのか。
これには首をかしげた。確かにバスはあるけれど、駅から学校までの道のりをバスでいくヤツは殆ど居ないからだ。信号を考慮すると結局10分以上は掛る。それに200円は勿体ないと、周りは大体、歩くか自転車だった。
「ちなみに隣の泉駅から学校までは、どれぐらい?」
「30分は掛かんないと思うけど、結構遠いよ」
「そっか。すると泉駅で降りるなら自転車ってことか」
顔に似合わずサバイバル・チャレンジャー。
ここでも首をかしげた。北山駅の隣駅と一口に言っても、泉駅はかなり遠い。そこから通うとなるとアップダウンの険しい坂道が待っている。自転車にも歩くにも厳しい。よって、その駅を使う生徒は皆無に等しいはずだ。
「君って、名前は?」
あさひなゆりこ、と名前を聞けた。5組だと言う。しかし聞き覚えがない。
「私って、この春に引っ越してきたばかりで。新入生っていうか、転校生みたいなもんだから」
分かり切った可笑しな事ばっかり聞くヤツだなぁと不思議に思っていたけれど、これで合点がいった。2人で北山駅まで並んで歩きながら、「泉駅はやめとけ」という忠告と共に、女子が好きらしい溜まり場の数々に加え、途中に見えた俺んちまで、聞かれもしないが教えてやる。
ついでに、朝比奈の家も尋ねたら、
「2駅隣りで、デカい公園の向こうだよ」って、どのデカい公園?
近所の公園の名前までは、まだ覚えていないらしい。
その後も学校で会えば挨拶がわりに色々と聞かれ、こっちはまるで優しいお巡りさんにでもなった気分で答えてやり、これを繰り返しているうちに、自然にどんどん仲良くなっていった。
これまで朝比奈は、親の転勤に付き合って何度も転校を繰り返しているらしく、
「前の学校は部活に熱心でね。昼休みの練習の為って、先生が早弁認めてたし。その前の私立は、学校横に大きなマンションがあるんだけど、そこ住んでる子はランチは家に帰ってOKとか」
そんな、様々な学校話が新鮮だった。
「ここは何か違うなって感じ」と、急に朝比奈は深刻な顔になる。
「入学してまだちょっとしか経ってないのに、何でみんなこんなに仲良しなの?」
確かに、朝比奈と同様、他中学から来たヤツらは、みんな一様に不思議がる。
「最初から仲のいい友達が居たら、私みたいな他所から来た子なんて、どうでもいいのかなぁ」
「イジメられてるって事?」
「ううん。仲良くしてくれるよ。でも、いつもすぐに中学の頃の話になっちゃって。そういう部分では仲間に入りづらいみたいな」
朝比奈の5組にナカチュウ以外の生徒は3人しか居ないらしい。
「中川軍団にどんどん自分から入って行かないとヤバいかも~って焦るし」
中川軍団……他中学から来た少数派が恐れと不安を持って、3つのナカチュウから来た俺達を暗にそう呼んでいる事は知っていた。それは脅威と同様の響きを持つ。
「同級生だけで、もうお腹一杯だよ。先輩の名前とか覚えるのも大変だし」
朝比奈は嘆いた。ヘタすると同じ仲間と6年間一緒という俺にとっては実感に遠い。
こんな感じで、朝比奈とは友達や町の事など、かなり色々と話した。話し込んでいると休憩時間なんかはアッという間で、できれば放課後っていうか、行き帰りとか、休日とか、もう少しっていうか。
「かなり……付き合って欲しいんだけど」
言い出したのは、俺の方だ。
「中川出身でもそんな大した影響力は無いけど、俺なんかでよかったら相談にのるよ」そんなような事も言ったと思う。
「またまたぁ。謙遜しちゃって」朝比奈は笑って、「楽しそう。沢村くんと付き合ったら、もれなく大漁の中川軍団がくっ付いてきそうだね」
返事代わりに、こう言ってくれた。彼女にとって、どっちがオマケなのか。まともに聞いたら多少複雑な気分である。
朝比奈は、今のところ部活を何もやっていない。放課後2人で一緒に帰る日は、俺が部活で先輩にイジられている間、朝比奈は図書室やマックなどで時間をツブしている。こっちが終わったらライン送信。朝比奈との待ち合わせは、いつも大体こんな感じだ。
今日は、朝比奈が引越したその日に家族で食べに来たと言う定食屋にやってきた。この店の存在を以前から知ってはいたけれど、俺は1度も入った事がない。堂々としている朝比奈とは対照的に、地元民の俺の方がキョロキョロと物珍しそうに店のあちこちを眺めてしまう。
店は、学校から歩いておよそ10分くらいを脇道に入った所にあった。
50代の親父と30代の息子。そんな親子のような店員が2人だけ。5つのカウンター席と4人掛けが2つの、こじんまりとした店だった。朝比奈という女子はこういう店でメシを食う事に何の抵抗もないのか。それを新鮮に感じながら、カウンターのはじっこに、俺は朝比奈と並んで座った。
今の所、客は俺達しか居ない。
「私は、肉もやし炒めのセットで」と、常連(?)の朝比奈が言うので、俺も右に倣う。「大丈夫?もやしテンコ盛りだよ」と、男の底力を疑われては引っ込んでいられない。「ご飯は大盛りで」と、注文に加えた。朝比奈は慣れた様子で、セルフサービスだという水を、俺の分も汲んで持ってくる。
「ところでさ、沢村くんは生徒会やるの?」
やらないよ、と即答。
「私からも頼んでくれって……頼まれたけど」
「誰から?」
「ある人から」
そこをどんなに突っ込んで尋ねても、朝比奈は謎めいて明かそうとしない。
「君がやれば。嫌でもみんなの顔覚えられるし」と意地悪すると、「いいわよぉーやるわよぉー」と、朝比奈はワザとらしく、ふくれて見せた。
若い店員から、先にライス大盛りと、「これサービスね」と、ギョーザがテーブルに置かれて、バトルは一時中断。ふわりとゴマ油が匂い立った。生唾もの。
朝比奈と2人で、店員に小さくお辞儀した。そのギョーザを2人でツマむ。
「生徒会やってたら、こんな風に一緒にご飯食べれないかもね」
朝比奈に向けて、俺は大きく頷いた。
松下先輩は今日も、「予算委員会が近いから、忙しくて」と生徒会に向った。遅くまで居残りする日もあるらしい。朝比奈の言う通り、放課後も何も、こんな風にゆっくりメシなんか食っていられないだろう。俺は絶対に関わらないと改めて心に誓う。
「2年で副会長やってる永田さんてさ、永田くんのお兄さんなんだね」
「うん。よく似てるだろ」
5組で朝比奈と同じクラス。いつも4組で大暴れの永田ヒロトは、副会長・永田先輩の弟でもある。ナカチュウの名物兄弟。永田1号2号と、暗に呼ばれている。兄弟揃ってバスケ部だ。
柔和な草食系タイプの松下先輩とは対照的に、永田先輩はどちらかというと攻撃的な肉食系タイプ。その遺伝子は弟にも通じているようで、こっちが急いでいる時に限ってガツガツとやってくる。今日も出掛けに、「書記はオレ様がやってやる!ゆずれ!差し出せ!」とギャンギャン吠え立てた。対抗心を煽り、兄弟が一丸となって俺を囲い込もうとする作戦なのか。そんなにやりたいなら、おまえがやれ。2号に譲って終わるもんならサッサとそうしたい。1号2号、兄弟仲良くやってくれ。
「でも永田くんてさ、ああ見えて、結構優しいよ」
何を言い出すのかと思ったら……「永田が?」肉食が?優しい?
「こないだ清掃活動を押しつけられそうになった時、助けてくれたよ。おまえ沢村の彼女だろ、って」
「それは永田のおかげじゃなくて、俺のおかげでは?」
「……そうとも言う、かも」
朝比奈は、どうにも府に落ちない様子で水を一気飲みすると、また水を注ぎに立った。しまったと思った時は、もう後の祭り。ちょっと恩着せがましい事を言ってしまったかもしれない。彼氏の前で、それも永田なんかを持ち上げられたとしては黙っていられなくて、つい。俺もコップの水を一気飲みした。お許しを請うがごとく朝比奈の後ろに貼り付いて並ぶ。
その時、ふと思った。永田は、朝比奈が俺の彼女だと知っていて、それなのに俺の前でただの1度もそれを口にした事がない。これは何故だろう。
誰と誰がくっついたとか別れたとか、そんな類のエサ話には真っ先に食いつく肉食の永田が。嬉しそうに先を争って周りに振れ回るであろう、あの永田が……そこで、定食が出来上がりを告げる。
しばらく食べる事に没頭していると、不意に朝比奈が顔を近づけてきて、こっそりと囁いた。
「知ってる?ここって右川亭だよね」