跳んで気になる恋の虫
「見えました?」
「見えた見えた、すごいすごい!あんなの見たことないよ」
「じゃ、捕まえてみましょうか?」
虫屋は、背負ったリュックに網を差して、隣の木をスルスル登っていく。
うわっ、すごい!
虫屋が静かに網を構えた。
私は、ごくんと唾を飲み込んで、その様子を見つめる。
一瞬だった。
虫屋の網の先端で、セミがジジジと鳴きながら暴れている。
驚く私の目の前に、ストンと飛び降りた虫屋の行動は、今まで抱いていたイメージを一新するものだった。
「も、もしかして、運動神経すごくいいんじゃない?」
思わず私が聞くと、虫屋はちょっと笑って言った。
「そんなこと言う人初めてです」
「だって、すごいよ、ほんとに」
虫屋が網の中の大きなセミを掴むと、また、ジジジと鳴いた。
「俺なんかより、虫の方がめちゃくちゃすごいですよ。例えば、セミが人間ぐらい大きかったとして、東京からどのあたりまで声が届くと思います?」
「え?うーん……富士山?」
全く予想がつかなかったので、遠くにありそうなものを言ってみた。
「もっとずっと遠く。大阪まで届くとか、九州まで届くとか言われてるんですよ」
「へえ……すごいな……」
すごいよ、虫屋が。
虫屋が虫に興味があるように、私は虫屋に興味が湧いてくる。