跳んで気になる恋の虫
カレシは、女の子と笑いあって頷き、私を指差した。
「ナミは、バイト辞めたって、連絡無視したって、結局は俺とこうして出会う運命なんだよ」
カレシは、私の肩に手を置いてニヤリと笑った。
「また浮気……」
思わず呟いた私に向かって、彼氏が言った。
「浮気じゃねーし。お前、勘違いしてるぞ?どっちかって言えば、お前が浮気相手だから」
「え?」
「そりゃそうだろ?つきあってほしいって言う女がいたら、普通断らないでしょ?」
カレシの顔が近づくと、お酒の匂いがした。
「ちなみに、こいつも浮気」
女の子は、肩をすくめてニヤリと笑う。
「だってしょうがないじゃん、彼より相性がいいんだから」
カレシが、女の子の腰に手を回して体を引き寄せながら、顔を私に向けて言った。
「浴衣エロいじゃん。俺まだ浴衣の女としたことないから一緒にどう?ちゃんと教えてやるから。つきあってやったんだから、俺の言うこと聞けよ」
カレシは、肩に置いた手で私の顎を掴んで、ぐっと持ち上げる。
お酒の匂いが鼻をつく。
嫌だ嫌だ、でも動けない。
なんで私、こんなことになってるの?
全然わかってなかった。
ただ、自分だけ取り残されるのが嫌で、気持ちもないのにつきあうことを決めた私が悪い。
でも、今は違う……好きな人じゃなきゃ嫌だ。
情けなくて悔しくて、悲しくて後悔して、後から後から涙が湧き上がってくる。
「やめて……私、好きな……人が……でき……」
「無理。聞こえねー。もうやる気マックス。俺のカノジョにキスして何が悪い?」
カレシの唇が迫って、私はギュッと目を閉じた。
涙が頬を伝って流れて落ちる。
自分の力じゃどうにもできない。
助けて……。
助けて、虫屋!
そのとき、ザッと木々の揺れる音がした。
ドンッと鈍い音がしたと同時に、私の顎から手が外れ、目を開けたときにはカレシが私の足元に倒れていた。
「猿?」
女の子が言った。
「カブトムシです」
女の子に答えた声で、誰だかわかった。本当に、これは現実?
「いってーな。お前、あの木から飛び降りたのかよ」
カレシが、背中を押さえてようやく立ち上がる。
「飛んできました。カブトムシなんで」
「はあ?バカかてめえ!まさか、ナミの知り合いか?」
「ええ、ナミなら毎日手の中で、優しく扱っています」
な、何言ってんの、虫屋!
そんなこと言っても、意味がわかるのは私ぐらいしかいないのに。
「ふざけんじゃねーよ。ボコボコにしてやるからな」