跳んで気になる恋の虫


柑橘類のいい香り。
どこからだろう?

匂いをたどると、花壇の横にあるミカンの木から漂ってきている。

ああ、すごく好きな香り。


……はっ、何しに来たのか忘れるところだった。

私は、花壇の前で屈む虫屋の背中に向かって声をかける。

「あのさ、なんなのよ」

10秒ほど静止したまま時が過ぎ、業を煮やした私が、もう一度声をかけようと息を吸ったとき、ようやく虫屋の背中が少し動いた。

「む……いや、えっと、桐谷……?」


私が名前を呼ぶと、虫屋はゆっくり振り向く。

体の前で両手を器のようにして、何かを大事そうに囲うようにしながら。

あっ……それって……。

驚いた。

虫屋の手の中で、私の指に止まらず離れたチョウが、白い綿のようなものに止まって羽を閉じたり広げたりしていた。


すごい……こんなに近くで見たのは初めてだ……。

思わずチョウに見とれていると、ミカンの香りのする風に乗って、虫屋の声が静かに響いてくる。


「俺に、何か用ですか?」

……えっ?呼んだのは虫屋の方でしょ?

そう言おうと思ったのに、別の言葉が口からこぼれた。


「どうして……逃げないの?」

虫屋は私に向かって、その手を差し出しながら言った。


「乗せてみますか?」

「う、うん!」

私は、両手を合わせ、お皿のような形を作って頷く。

虫屋は、私の手の上に、白い綿のようなものと一緒にチョウをそっと移した。


< 8 / 53 >

この作品をシェア

pagetop