跳んで気になる恋の虫
柑橘類のいい香り。
どこからだろう?
匂いをたどると、花壇の横にあるミカンの木から漂ってきている。
ああ、すごく好きな香り。
……はっ、何しに来たのか忘れるところだった。
私は、花壇の前で屈む虫屋の背中に向かって声をかける。
「あのさ、なんなのよ」
10秒ほど静止したまま時が過ぎ、業を煮やした私が、もう一度声をかけようと息を吸ったとき、ようやく虫屋の背中が少し動いた。
「む……いや、えっと、桐谷……?」
私が名前を呼ぶと、虫屋はゆっくり振り向く。
体の前で両手を器のようにして、何かを大事そうに囲うようにしながら。
あっ……それって……。
驚いた。
虫屋の手の中で、私の指に止まらず離れたチョウが、白い綿のようなものに止まって羽を閉じたり広げたりしていた。
すごい……こんなに近くで見たのは初めてだ……。
思わずチョウに見とれていると、ミカンの香りのする風に乗って、虫屋の声が静かに響いてくる。
「俺に、何か用ですか?」
……えっ?呼んだのは虫屋の方でしょ?
そう言おうと思ったのに、別の言葉が口からこぼれた。
「どうして……逃げないの?」
虫屋は私に向かって、その手を差し出しながら言った。
「乗せてみますか?」
「う、うん!」
私は、両手を合わせ、お皿のような形を作って頷く。
虫屋は、私の手の上に、白い綿のようなものと一緒にチョウをそっと移した。