寵愛婚―華麗なる王太子殿下は今日も新妻への独占欲が隠せない
「危ないだろ……セレナ、止まれ」

 テオはひたすら帽子を追いかけるセレナの後を追うが、騎士たちと共に鍛えた足は速く、テオは焦った。
 風に流された帽子は落ちる気配もなくどんどん遠くへ飛んでいく。
 帽子しか見えていないセレナは必死に追いかけ、いよいよ川辺に近づいても尚そのスピードを落とさない。

「大切な私の帽子……」

 セレナは泣きそうになりながら追いかけ、そして、あと数歩で川に落ちるという時。

「危ないっ」

 ようやく追いついたテオが、セレナの体を背後から羽交い絞めにし、そのまま地面に倒れこんだ。
 テオはセレナをかばうように自分の体を下にして地面に転がる。
 勢いよく地面に叩きつけられた体に多少の痛みは感じたが、テオはセレナが心配で、彼女の体を確認する。

「セレナ、大丈夫か? 痛むところはないか?」
「ん……大丈夫だけど、あれ?」

 気づけば追いかけていた帽子がいきなり視界から消え、テオに抱きしめられている。

「いい加減にしろよ。あのまま追いかけていたら、今頃川に流されて溺れてるぞ」

 セレナの身体の下で、テオが唸る。
 川に落ちる寸前でセレナを捕まえることができて、ホッとした。
 その間も、セレナを抱きしめる腕の力を緩めることはない。
 セレナはテオの身体に馬乗りになっている事に焦り起き上がろうとするが、テオはそれを許さない。

「帽子は諦めろ。さっき川に落ちて流された」
「そんな……」

 セレナは唇をかんだ。

「あの帽子、テオが買ってくれた大切なものなのに……」

 セレナはテオの腕の中で、落ち込んだ。
 テオと市で過ごしたあの日、セレナはクラリーチェとの結婚を控えているテオと会う機会はもうそれほどないだろうと思い、一緒にいられる今を楽しもうと明るく振舞っていた。
 そんな中で思いがけなくテオが買ってくれた帽子は、セレナにとって大切な思い出の品だ。
 宝物のように丁寧に手入れをしていたというのに、川に流されたなんて、悲しすぎる。
 いつの間にか頬を伝っていた涙を、テオの指先が拭う。

「帽子くらい、また買ってやるから泣くな」

 ふたりで地面に転がり、抱き合ったまま見つめ合う。
 ひくひくとしゃくりあげるセレナの顔は土に汚れ、決してキレイではないが、テオは思わず胸に抱きしめた。
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