寵愛婚―華麗なる王太子殿下は今日も新妻への独占欲が隠せない
 テオは座り込んだまま辺りを見回すと、涙で濡れた顔でテオを見つめるセレナにニヤリと笑った。

「ここはかわいらしいお姫様が、俺の目の前に現れた大切な場所だな」

 初めてふたりが出会い、言葉を交わした場所。
 想いが実り結婚できた初恋の男性と、思い出の場所を再び訪ねたいと考えて連れて来たのだが、テオが気づいてくれるとは思っていなかった。
 テオはセレナの手を引いて立ち上った。

「あの日、この川の流れがミノワスターに続けばいいと……思ったんだ」

 川面に照り返す光を遮るように手をかざすと、テオは反対側の手でセレナの腰を抱き、引き寄せる。
 セレナはテオの体にぴったりと寄り添う。
 さっきテオと共に倒れた時にドレスは汚れてしまい、アメリアやラーラに叱られるだろうと苦笑するが、心は穏やかだ。
 テオも普段見せない落ち着いた表情で川の流れを眺めている。

「川の流れをミノワスターに延ばす事は、ジェラルド国王からの申し出がきっかけだったんだ」

 視線は動かさず、テオが口を開いた。

「兄さんをランナケルドの王配として迎えたい。代わりに新たに水路を作って水をミノワスターに供給すると。願ってもない申し出だったが、陛下は即答できなかった」
「それは……そうでしょうね」

 カルロはミノワスターの次期王として育てられ、その期待に応えるように優秀な王太子として公務に就いていたのだ、いきなり他国から欲しいと言われても悩むに決まっている。

「だけど兄さんは前王妃の子だから、子供の頃から周囲に気は遣うし遠慮はするし、真面目に生きなければ自分の存在価値はないとばかりに感情を押し殺してた」

 悲しげな声に、セレナは視線を向けた。
 口調とは裏腹に、テオの口元にはほんの少し笑みも浮かんでいて、ホッとする。

「欲しいものがあっても口に出さないし、したいことがあっても我慢する。王太子として自分がふさわしいかどうか、その事ばかりを気にしていたんだ」
「そう……真面目で穏やかな人だよね」
「ああ。俺が陛下を怒らせるような事をしでかしたらかばってくれるし、母さんを大切にしているし……もちろん、国と国民のことを第一に考えている。そんな兄さんが、唯一欲しがったのが……」
「お姉様でしょ?」
「あ、やっぱり……気づいていたのか」

 テオの言葉を遮るように口を開いたセレナに、テオは肩を落とした。
< 276 / 284 >

この作品をシェア

pagetop