寵愛婚―華麗なる王太子殿下は今日も新妻への独占欲が隠せない
 滅多な事はできないと、がっくりと肩を落とした。
 テオはセレナの肩に額を乗せ、今すぐにでもセレナを抱きたい気持ちを鎮めるように息を吐き出した。

「早く城に戻ろう」

 切羽詰まったような声に、セレナの体は震えた。
 抱き合いたいのはテオだけではないのだ。
 セレナはテオの言葉に応えるように、ギュッとしがみついた。

「ミノワスターの城に帰りたい。私たちの場所に」

 テオの胸に呟いたその言葉は、いつの間にかセレナの中に宿っていた偽りのない想いだ。
 ランナケルドを離れてからまだ三か月しか経っていないというのに、自分の居場所はミノワスターにあると、自然に思えるようになっている。
 ランナケルドが嫌いになったわけではないが、たった一日ミノワスターを離れただけで恋しいと思う自分を不思議に思う。
 国王陛下や王妃様、そしてラーラをはじめ王宮で働いている人たちの温かさを知って、ようやく自分の居場所を見つけられた。
 愛されるために剣の練習をしたり、泣き言を言わず強い自分であろうと気持ちを張りつめる必要もない。
 望まれているのはただひとつ、テオと共に幸せになる事だ。
 もちろんその延長線上に懐妊を望まれている事はわかっているし、セレナも望んでいるが、時を置かずその望みは叶うような気がしている。

「陛下と王妃様もワインがお好きだから、馬車にワインをたくさん積んで帰りましょう」
 
 いつも優しく接してくれる王妃様を喜ばせたい。
 セレナは今日も胸元で輝くサファイアに触れた。

「そうだな、俺も好きだし、セレナにも口移しで飲ませてやるよ」
「ふふっ。ひと口で酔わないように気をつけなきゃ」
「酔っぱらったセレナもかわいいから、気にするな」

 テオの胸に顔を埋めるセレナの耳に、笑い声が響く。
 つられてセレナもくすくす笑ってしまう。
 傍らの川には豊かな水が流れ、木々の枝葉がさわさわと風に揺れる。
 自然が彩る音に包まれて、セレナはテオの体温に存分に浸った。
 幸せだ。

「あ、いいことを思いついた」

 セレナが突然声を上げ、テオに視線を向けた。

「馬車にはワインをたくさん積んで、私たちは馬で帰りませんか? 久しぶりにテオと走りたいです」

 セレナは期待に満ちた瞳でテオの答えを待った。
 結婚して以来ふたりで馬に乗る時間を作れず、残念に思っていたのだ。

「うーん」
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