寵愛婚―華麗なる王太子殿下は今日も新妻への独占欲が隠せない
「ズボンの方が木登りしやすいんだけどな」
セレナは再び川面に視線を向け、元気に飛び跳ねる魚を羨ましそうに見つめる。
王女らしく礼儀正しくしなさいと何度も言われ、言葉遣いや食事の仕方も厳しく教えられてきた。
周囲から注目され続け、いつも笑顔を浮かべていなさいと王妃である母から言われている。
「いいな、お魚になりたい。鳥でもいいな、自由に飛べるし」
セレナは空を見上げ、真っ青な空に流れる白い雲を見つめる。
ふわふわ自由に流れる雲でも、いいかな。
子供ながらにその願いが叶わぬものだとわかっているセレナは、諦めたように唇をぎゅっと結び、離宮に向かって歩き出した。
途中で警護の騎士が待っていることもこれまでの経験でわかっている。
父も母もクラリーチェの体調ばかりを気にかけていて、王宮にいても寂しい。
離宮でアメリアと一緒にいる方がよっぽど楽しい。
今も王宮に連れ戻されるのが嫌で、このままどこかに逃げ出したいと思う。
けれど、それは無理だということもわかっている。
ランケルドの王女として生まれた責任を、子供ながらに感じているのだ。
だからこそ、セレナは魚や鳥のように自由になりたいと、夢見ている。
「ま、いいか。お魚さんはアメリアが焼くおいしいパンを食べられないし鳥さんはキレイな刺繍もできないもん」
自分を励ますようにセレナはそう呟くと、足元に置いていたバスケットを思い出し、慌てて手にした。
アメリアが持たせてくれたそれは意外に重く、持ち上げた途端落としてしまい、中の物が辺りに散らばってしまった。