寵愛婚―華麗なる王太子殿下は今日も新妻への独占欲が隠せない


「……キッシュだけでなく、おいしいパンも焼きますね」

 セレナは悲しい胸の内を隠し、平気な顔と声でそう言った。
 その言葉はカルロに向けたものだが、彼女の目はテオに向けられていた。
 口にすることで、テオへの恋心に区切りをつけたくて、無意識にそうしていた。
 そのとき、クラリーチェがテオに向かって口を開いた。

「セレナのアメリア仕込みの腕前はかなりのものだから、ミノワスターでも自由に焼けるように、リナルド陛下にお願いして欲しいの」

 クラリーチェの低い声には、本気でそれを望んでいるとわかる真剣さが感じられた。
 セレナはその声音に戸惑うと同時に、何故クラリーチェの視線がカルロではなくテオに向けられているのか、不思議に思った。

「お姉様……あ、ありがとう。ミノワスターでパンも焼きたいしお料理もしたいけど、どうなるかわからないし……」

 セレナはクラリーチェの気遣いをうれしく思いながらも、ミノワスターではランナケルドの王女として過ごしたこれまでと同じように暮らせるとは思っていない
 我慢しなければならないことも多いだろうと、覚悟している。

「それに、王太子妃として忙しくなるだろうから、今までみたいに好きな事をする時間もないよ、きっと」

 クラリーチェを心配させないように、セレナは明るい声で笑った。
 おまけに王太子妃としての資質が自分にあるとも思えない。
 きっと、嫁いでしばらくは、ミノワスターの習慣に慣れるだけで精一杯だろう。
 セレナは落ち込みそうになる心を押しやるように軽く首を振り、気持ちを切り替えた。
 嫁ぐといってもそれほど遠くない隣国だ。
 今カルロとテオがたびたびランナケルドに来ているように、結婚後もセレナが里帰りをする機会はあるだろう。
 けれど、何ひとつ自分に自信がないセレナは、結婚後自分がどうなるのかを考えるたび不安で押しつぶされそうになる。

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