愛も罪も
 
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 お風呂から出て体重計に乗る。針はいつもの数字を指していた。

 理奈は不服に思い、目の前の鏡を覗き込む。だが、そこにも何時もと変わらない顔があった。


 どうして? 昨日からずっと頭を悩ませているのに、少しも窶れた感じが無いじゃない!


 と、不満を顕にした。

 それもその筈、理奈は朝、昼、晩と一日三食しっかりと食事を摂っていたのだから当然の事だ。それに、昨日の今日でそう簡単に、人間は変化しないものだ。而も理奈はストレスを感じると食べるという行為で解消するタイプだった。だからこれからは、窶れるどころか、肌の張り良く太ってしまう可能性大なのだ。

 理奈は鏡に映っている自分の顔を見て、両手の親指と人差し指で頬の余分な肉を掴み、横に引っ張ってみる。

「いらない肉…」

 幸せな事に、自己分析を出来ないでいる理奈は、不純な動機ながらも、この贅肉を落とす為なら、どんな困難にも立ち向かおうと、運命の赤い糸に対する解決の決意を改にするのだった。

「よっし!」

 目を輝かせながら、左手でガッツポーズをとり、鏡の中の自分に誓いを立てた。



             ❋   ✴   ✴




 部屋に戻りベッドに寝転がると、今迄の恋について考えてみた。

 初恋は小学5年生の時だ。同じクラスの後島健太君。スポーツ万能で他のクラスの女子からも人気があった。

 恥ずかしがり屋の理奈は、自分の想いを告白する事が出来ず、後島君に彼女が出来て失恋に終わったのだった。

 中学に入り、生徒会長をしていた3年の先輩に恋心を抱いたのだが、先輩には既に彼女がいて、好きだの何だのと舞い上がる間も無く終わった。

 3年生になって、同じクラスで隣の席の町田京司と仲良くなり、一緒に下校をしていて、自然と理奈も恋愛感情を抱いていったのだが、或る日二人の仲をクラスの男子にからかわれて、以来彼とぎこちなくなり、次第に会話もしなくなってしまった。

 高校生になって、一つ年上のサッカー部の西本良助に興味を抱いたが、接する間も無く、相手が転校してしまった。

 2年生の時、以前から気になっていた隣のクラスの藤井規彦に、思いきって体育祭で告白したら、OKを貰って付き合う事になった。これで楽しい学生生活を送る事が出来ると、天にも昇る想いだったのだが、彼は理奈よりも男友達と一緒にいる事の方が多かったし、たまに二人で過ごしていても、彼は口数が少なくて、理奈にはそれが不満だった。次第に会う回数が減って行き、二ヶ月で自然消滅となったのだった。

 そして現在に至る。

 自分から好きになるばかりで、男の子の方から誘いが無いのかというと、そういう訳でも無かった。

 2年生の夏休みにコンビニでアルバイトをしていたのだが、或る日、突然他校の男子生徒から『バイトが終わったら話しがあるから』と、告白された事がある。痩せ型で背が高く、第一印象は綿棒みたいだと思った。

 話を聞くと、何時もそのコンビニを利用していて、見ている内に好きになったとの事。知らない者からでも好きだと言われる事に、正直悪い気はしなかったが、相手に少し陰気な空気を感じたので、即答で断った。

 相手の事を何も知らないのに、而も好意を持ってくれているにも拘らず、嫌悪に感じて断ったなんてとても失礼な話だが、告白され慣れていない者は、慣れていないが故に、もしされる事があるならば、それなりの理想というものが漠然と頭の中にあって、それとあまりにも形がかけ離れていたが為に、気持ちが退いてしまったのだ。決してジュリアンの様な美青年でなくては受け入れないという程、理想が高いわけでは無いのだけれども…。今考えると、とても失礼で贅沢な話だったと反省している。

 理奈は小さく溜息を吐くと勢い良くベッドから起き上がり、机の上に置いてある、ピンクのフレームにビーズが鏤めてある、小さなスタンドミラーを手に取り間近に覗き込んだ。

「……………」

 顔全体が映るように鏡を正面に置き直し、背凭れに反り返る姿勢で座った。

 濃く、きりりと形の整った眉。二重の目尻が多少上がり気味で猫目っぽい眼。鼻は決して高いとはいえないが、そこは東洋人なのでマイナス点という程でも無いだろう。下唇が多少厚めなのに対して薄めの上唇とバランスの悪い唇。(本人はとても気にしている)髪の毛はさっぱりとしたショートヘア。身長は157センチという平凡な体型。

 そう、決して見た目は悪く無いのだ。悪くは無いのだが飛び抜けて良くも無く、平凡と言ってしまえばそれまでなのだが…。だがしかし、平凡な女性でも彼氏のいる人は多々いるであろう。だからルックスで恋愛が出来ない、という理由では無いのだと信じたい。(では内面か? ん??)と、考えを巡らせようとするが、今そこを考えても仕方ないと、直ぐにシャットアウトした。

 腕を突っ張って手で机を軽く押し、座っている椅子の後ろ脚に体重を乗せ、前脚をプカプカと浮かせながら、自分の足でバランスをとる。目は焦点の定まらない宙を見つめ、そしてまた赤い糸の事を考え始めた。

『本来結ばれるべき相手と、突如道を外し接近して来た者、どちらを選ぶかは君の自由だ』

 昨夜の不審人物の言葉を思い出す。

「どちらを選ぶかはあたしの自由…」

『阻む者を私が始末する』

「阻む者を始末…? 始末って何だろう?」

 椅子の前脚を下ろし、机に左手で頬杖を着く。


 多分ハルが言ったように、運命の相手の一人ともう出会ってると思う。その人がきっと“道を外して接近して来た者”なんだ。だからa2が現れた。


 理奈の頭の中にあって理解出来ないでいた沢山のクエッションマークが、少しずつ一例に並んで行くかのように、現状を把握し始めた。今迄は運命の相手という言葉に舞い上がって、全く事態を呑み込めないでいた。


 “本来結ばれるべき相手”とは出会っているかどうかは判らない。これから先に出逢いがあるのかもしれない。もし今、既に出会っている“道を外して来た者”を選んだとしたら、このまま“本来結ばれるべき相手”とは、出逢う事さえも出来なくなってしまうって事なのかな? その逆を選んだら“道を外して来た者”とは知り合いのまま?


 そこでa2の言っていた“道を外して来た者”について思い返す。

『中には自分の運命に逆らう者もいてね。他の運命に割り込んでしまうんだ。本来結ばれるべき相手か、それを阻止しようとする予定外の者か…』


 そこまでしてあたしに歩み寄ってくる相手。考えようによっては情熱的なのかもしれない。


 そう思うと、心の底から熱いものが湧いてくるのを感じた。体を起こして仰け反り、両腕を頭の後ろに組む。

「あぁ、どうしよう!」

 そして再びベッドに寝転んだ。


 もう一人の相手と会わないままというのも勿体無いし、情熱的な男も捨てがたい。どっちも赤い糸があるなら両方でいいじゃん! 二本がダメってんなら編んで一本にするってのはどう? ん? 二本って事は一度離婚してからまた再婚…? えーっ! それはちょっと嫌だ。全然運命感じないじゃん!


 仰向けになり、左右交互に足をバタつかせ、顔を歪めて頭を抱え込む。

 理奈の頭の中のクエッションマークが、また列を乱して動き出したらしい。

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