愛も罪も
第5章 絡まった糸
1
ダイニングにトーストの焼ける良い香りが漂う。
重い足取りで階段を下りてくる。
「あら、お早う」
「…はよ」
「めずらしい。お兄ちゃんが一人で起きてきた」
食卓で紅茶を飲んでいた由貴がからかう口調で言った。
「本当ね。雪でも降らなきゃいいけど」
夫のお弁当のおかずを詰めていた母の育代も、娘の言葉に賛同する。
「…うっさい。ほっとけ!」
不機嫌に言って洗面所へと向かう。悠は低血圧なのだ。
「はい、はい。よく顔を洗って、目を覚ましておいで」
育代が笑って、息子の不機嫌を宥めた。
「悠は今日、朝練か何かか?」
既に食事を終えて、新聞を広げていた父の慧が妻に訊ねる。
「そんな事は言って無かったけどね」
「やっぱり雪が降ったりして」
すかさず由貴が口を挟む。
少しして、洗面所から戻って来た悠が、父親の向かいの席に座った。まだ頭がフル活動されてないらしい。朝食を目の前にして、ただ茫然と座っているだけだ。
「ほらぁ、しっかりしなさいよ。せっかく早起きしたって、そこでボーッとしてたら遅れちゃうんだからね!」
育代が温かい紅茶を悠の前に置き、抜け殻の様にしている息子に活を入れる。
「…あぁ」
力無く応えると、紅茶の入ったマグカップを両手で包み、先程洗顔の為、冷たくした手をそれで温める。
「悠、今日、朝練ってわけじゃないんでしょ?」
次にコーンポタージュスープを持って来て、先程夫に言われた言葉を投げかけた。
「うん、違うよ」
「そうよね。だったら早くなくて、遅刻だものね」
黙って会話を聞いていた慧は、広げた新聞の向こう側で悠の顔を盗み見るが、何を言うわけでも無く、雑に新聞を畳むと、出勤の準備へと取り掛かる為、席を立った。
❋ ✴ ✷
食事を済ませた悠は制服に着替え、髪にワックスをつけていた。鏡でしっかりチェックをすると、手についたワックスをティッシュで拭き取る。鞄を持って下へ降りて行き、ベトついた手を洗う。そういう所は気にする質だった。
テーブルに置いてあるお弁当をバッグに入れると、
「いってきまーす!」
大声で言って玄関へと向かう。
「はい。行ってらっしゃーい!」
夫と娘を送り出し、自分の食事も済ませて、今は洗濯へと取り掛かっていた育代は、息子の耳に届くよう、負けじと大声を上げた。