愛も罪も
4
教室の後ろのロッカーに凭れて、理奈は昨夜の考えを美都に話して聞かせた。
「で? どっちにすんの?」
「………」
「まだ答えが出てないんだ? 時間が無いよ」
顰め面で俯いている理奈を見て察する。
「そうなんだよね! どうしよう、どうしたらいい?」
切羽詰まった顔で、美都に迫り寄る。
「あたしに訊かないでよっ。でも、あたしなら断然情熱的な男ね! その方が激しい恋が出来そうじゃない?」
眼をキラキラと輝かせて、頭の中に空想を浮かばせる。
激しい恋? 別に望んでないけど…。幸せになれればそれで良いし。
美都を横目に、自分との考え方の差に、冷めた心情の理奈。
「情熱的な男にも心当たりは無いわけ?」
小さく頷く理奈を見て、溜息を吐く美都。
「じゃ、アミダにする?」
手っ取り早く決めるにはこの方法が一番だと思い、後ろにある黒板にチョークで2本の線を書き出した。
マジで?
理奈は焦って、黒板消しでそれを阻止した。
「ちょっ、ちょっと! 止めてよっ! そんなので決めないでっ!」
「だってぇー。じゃあ、どうするの?」
「それは…」
一時間目が始まる合図の鐘が鳴った。話の途中だが、二人は自分の席へと戻る。
恰幅の良い中年男性教師が教室へ入って来ると、早速、一時間目の国語の授業が始まる。理奈は教科書を開き、教師の話す声を聞いているものの、その声は頭の中まで入っては行かず、先程の美都との話の続きを考えていた。
そうだ、もっと現実を見なければっ! 情熱的な男なんて、あたしが勝手に考えただけで事実ではないんだ。そんな、激しい恋だの何だのと言っている場合じゃない。ちゃんと冷静に考えよう。
集中して考えようとするのだが、何も頭の中に浮かんでこない。
あーっ! 全然判らないっ!
情熱的な男、どうして自分の道を外れたりなんかすんのよっ! おかげであたしに皺寄せが来るじゃないの! 自分の罪は自分で責任…。
ちょっとした錯乱状態に陥っていた。しかし、そこまで考えて不意に疑問が湧いてくる。
そういえば“始末する”って、どういう事だろ? 赤い糸を切るって事かな? 切られた糸は何処へ…ずっと独りぼっち? そういえば昔『蜘蛛の糸』って観たな…。
『蜘蛛の糸』。残忍な罪を犯してきた男が、遂に地獄へと落とされたものの、小さな蜘蛛を殺さず逃してやった唯一の仏心に、助けられた蜘蛛の慈悲で、その地獄の底から蜘蛛の出す一本の糸を伝って、極楽に昇る事を許された。
男が糸を上って行くのを、下から見ていた同じ地獄にいた者達も、上へ行こうと糸を掴む。それに気付いた男は、大勢の人の重みで糸が切れる事を恐れ、自分だけが助かりたいという欲が働き、他の者を蹴落としてしまう。
その様子を一部始終見ていたお釈迦様にその糸を切られ、男は再び地獄へと落とされてしまうという有名な物語。
その話と今回の赤い糸を重ねて考えてしまう理奈。
これは罪? もしそうなら、切られるべき糸は自然に決まってくるかな…。
理奈はノートの端に美都への手紙を書いた。
『 “予定外の者” は犯罪者なのかな?』
それを手で契って小さく折り畳むと、教師の目を盗んで、美都の座っている席を目掛けて思い切り投げた。
運良く、その手紙は美都の腕に当たり、机の上に乗る。それに気づき手紙を読んだ美都から、暫くして周りの者達を伝って、理奈の所に返事が届いた。
そこには先程とは違い真面目な答えが書いてあった。
『人を好きになる事は犯罪では無いと思う。自然な心の成り行きよ。その想いは誰にも止められないし、止める権利も無いと思う。事実、浮気や不倫は犯罪にはならないし。( だからといって、認められた行為でもないけどね。) ただ、自分でもコントロール出来なくなるくらい、相手を愛してしまったのよ。やっぱり“情熱的な男”なのよ、きっと。(笑) 』
美都の言葉に納得させられてしまう。多少の思い当たる節があるからだ。
確かに、あたしが麻生さんを想う気持ちは誰にも止められないし、麻生さんに彼女がいたとしても、この想いは罪にはならないよ。どうしようもない事だもんね。
“予定外の者”を一方的に悪く言うのも良くないかな。彼には彼の感情が存在してるんだし。やっぱり問題はあたしがどっちを撰ぶかなんだ。
理奈は手を開いて指を眺めた。
毎週月曜日の朝礼で服装検査をする程、理奈の通っている学校は校則が厳しい。a2から渡された指輪を学校で着ける訳にはいかず、今はポケットに忍ばせている。
ここに二本の糸が繋がってるんだ…。本物はどっちなんだろう?