愛も罪も
第7章 冠絶の誤算


       1



 早朝、空はまだ薄暗く、白い月がくっきりと浮かび上がって見える。

 吐く息は微かに白く、空気は肌寒く感じられた。数分もすると空気に触れた肌は次第に感覚が鈍くなり、冷たくなった指先を交互に掌で包み込む。両手で頬を覆うつもりで手を挙げると同時に、頭の上に掛けていたゴーグルから電子音が聞こえてきた。

 ゴーグルを顔に掛け直し、縁のボタンを押す。

《仕事だ。データを送信する》

 低く嗄れた声の持ち主は、ディスポーザーに指示を与える高齢の指揮官だ。a2のゴーグルのレンズに新たな個人資料が映し出される。

《前件の報告がまだだが、どうした?》

 送られてきた資料をレンズに登録しながら、僅かに苦痛に顔を歪ませ、重たげに口を開いた。

「…まだ、本人が選択出来ないでいるので」

《なにっ! まだ始末してないというのか? 何をしてるんだ、状況が変化してしまう前に、早く答えを出させるんだ!》

 苛立たしく声を上げ、急き立てる。

「今日にでも決断されると思いますが…」

 この数日間の理奈の生活から察すると、答えが出されるとは考えられなかったが、短期間で仕事を片付けられなかった自分の責任も大きい。極力問題視されない為にそう答えた。

《いいだろう。では、今回の件と並行してやってくれ。速やかにだ》

「はい。了解」

 プツッ! と、小さく音がして通信が途絶えた。

 念わず小さく溜息を零す。模範生のa2が上官から注意を受けるのは珍しい事で、自分の仕事を手間取らせる理奈を煩わしく思った。

 陽はまだ昇らないものの、辺りはすっかり明るくなっており、東の空に漂う雲は、ペールピンクに染められていた。a2はゴーグルを外しそれを首に掛け、太陽の光に反射した雲を見て目を細めた。

 そんな目の前に広がる美しい景色に見惚れる事も出来ず、一先ず今受けた仕事に取り掛かる事にし、その人物の許へと向かった。

< 22 / 55 >

この作品をシェア

pagetop