愛も罪も

     3


 裕弥は大学の講義が午前だけだったので、昼食を取らずにそのまま帰宅する所だった。門を出て欅の並木道を下って行くと、コンビニの前で立ち止まっている人物と目が合った。

「………」

 一瞬にして気不味い空気が漂う。

「あ…元気?」

 先に声を掛けてきたのは相手の方だった。久々にその声を耳にし、仕舞っていた想いが甦ると共に、切なさが込み上げてくる。

 声を掛けられて無視をする訳にもゆかず、裕弥は少し距離を置いて足を止めた。

「今日、お昼までなんだ? あたしも…。それで今、友達を待ってたんだけど…」

 彼女は目を合わさず、俯いて静かに微笑んだ。

 裕弥は不可思議な感覚に捉われた。こうして距離を取って向き合い俯いている彼女の顔を見ていると、つい今し方まで当時の感情が溢れ出していたのに、既にその想いがスッと退き、客観している自身に気づく。

 辛く苦しい想いを必死に忘れようと悩んでいた日々を遠く感じ、意外にも冷静に彼女を見つめる事が出来る。そこに時間の流れを感じていた。だからといって開き直れる程、彼女との心の距離を完全に修復が出来ている訳でもなく、どう接したら良いのか戸惑っていた。

「元気だった?」

 裕弥に訊かれ、少し驚いたように彼女は顔を上げる。

「あ、うん。あたしは相変わらずで、…裕くんも元気そう」

「あぁ…。…… 」

 裕弥は襟足を撫で、視線を伏せた。

 交わす言葉が見つからず、触れてはいけない場所を避けながら、お互いに何か話題を探しているようだった。

 彼女の髪は明るい色のストレートで、肩に掛かる程のセミロング。前髪は左から分けられ、キラキラ光るピンク色のカットガラスで出来た小さな花が一つ付いているヘアピンで止められている。手入れの行き届いた眉は緩やかな曲線を描き、長い睫毛、幅の広いはっきりとした二重瞼で、おっとりとした印象を受ける眼。ぽってりとした唇には自然な色のピンクベージュの口紅が塗られており、ふっくらとした白い頬は玉子形の輪郭を作る。

 赤色のVネックのリブニットを着て、その上にブラウンのジャケットを羽織り、ウエストに大きなリボンの付いた膝丈のピンクベージュのフレアスカートを履いて、足元は踵の低いダークブラウンのラウンドトゥパンプス。ライトグレーの地に持ち手や底がネイビーのキャンバストートバッグを肩に掛けている。

 一見、大人しい印象を受けるこの女性の名は泉澤里美。彼女は以前、裕弥が交際していた相手だ。今迄何度か遠くから見掛ける事はあったが、こうして目の前にして話をするのは、別れてから初めての事だ。

 この重苦しい空気に思い悩んでいると、タイミング良く彼女の友人が手を振りながら走って来た。裕弥は、きっとこの友人が空気を換えてくれる事だろうと期待した。

「お待たせ! あれ? あ…、あっ、いいよ、あたし邪魔しないから。二人で一緒に帰りなよ。じゃあね!」

 と、気風の良い口調の彼女は救いの手を差し伸べるどころか、気を利かせたつもりか二人を残して足早に去ってしまった。

「………」

 どうしたら良いものか、お互いがばつが悪そうに顔を見合わせていた。それで居た堪れなく感じ、自ら空気を換える為、裕弥が口を開く。

「じゃあ、ごはん食べに行く?」

 そう誘われると、彼女は再び驚いた表情をしたが、次に軽く頷き明るく笑った。


 
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