愛も罪も
3
扉を開けて右足を一歩踏み入れると同時に、心臓を突き刺す様な殺気を感じた。瞬間、背中に悪寒が走り、全身鳥肌が立つ。
もう自分の意思で体を動かす事は不可能になっている。体がこれ以上前に進む事を拒んでいるのだ。
胸が苦しいっ!
突然の衝撃に呼吸する事を忘れていた。大きく息を吐き出すと不足した酸素を取り戻す為、必死に呼吸を始める。
荒い息遣いに合わせて、まだ若く、程よく引き締まった胸としなやかな肩が、大きく上下した。
こんな感覚は初めてだ。今迄こんなに強い恐怖を感じた事があっただろうか。体が硬直して動けない。
扉を開け殺気を感じたその瞬間から一気に体の血の気が退き、既に指先は冷たくなっていた。押し潰されてしまいそうな程強い殺気を出自しているその先に視線を向けた。
殺される!
直感で思った。
そこには美しく冷たい眼が、獲物を狙うかの様に、鋭く冴々とした光りを放っていた。
全身から汗が噴き出し震えが止まらない。腰が退けて左足が少しだけじりりと後退する。
殺される! 早く逃げなければっ!
その人物から逃げる為、引き返そうと背を向けた瞬間、背中に鋭い痛みを感じた。激痛に体を反らせて体勢を崩す。
彼を凝視する美しいその眼には、軽微の哀れみと共に愚弄した光があった。
何故オレが…っ?
己がそうされる事に、全く理解が出来なかった。
朽ちて行く意識の中に、誰かが自分の名前を絶叫する、悲しい声が僅かに耳に届く。体は軽く緩やかに周りの空気に溶けて行く。
あぁ…、自分は塵になるんだな……。
全てが淡雪の様に、果敢無く散り、消えた。