愛も罪も


       3



 薄暗い部屋に月明かりがカーテンの隙間から射し込み、その光の筋を茫然と見つめていた。

 深夜、悠と話した後もa2はずっと眠れずにいた。
 
 一日の大半をベッドの上で過ごし体を動かさない為、最近眠りが浅くなっていたのも原因にあった。昼間にJ168に頼んで、鎮痛剤と睡眠導入剤を届けて貰っており、それを服用する為、a2は痛みを堪えて体を起こした。

 窓辺に置いてあるペットボトルを手に取ると、履いているスウェットのポケットから薬を取り出し、小さな白い錠剤を口に含むと、それを水で流し込んだ。そして左肘で体を支え、ゆっくりとまたベッドに身を沈める。

 再び天井に映る青白い光を見つめながら、混沌とした思いを頭に巡らせていた。

 悠の言葉がa2の頭から離れない…。『感情を持たぬ事が難しい』それは世間一般では当然の事なのだろう。犬や猫でさえも尻尾を振り自分の感情を表現している。

 a2がそれをしないのは、このディスポウザーという職に就いているからなのであろうか。しかしJ168も同じディスポウザーだが、ストレートに感情をぶつけてくるタイプだ。この職が人格を作っているとは一概にも言えまい。

 a2の心の闇には暗くて頑丈な扉があった。その扉に鍵は無い。

 物心がついた頃から感情を持つのは不必要な事だと感じていた。それで要らぬ感情を持たぬ様、与えられた課題を熟す事だけを考えて来た。そうする事が自分にとっても楽だからだ。言い換えればそうする事で自身を守って来たのかもしれない。傷付かぬ様、答えの出ない迷宮に入り込まぬ為の、自分を守る方法だったのだ。いくら苦しんだ所で現実から逃れる道は無い。この世に生を受けた日からこの道は定められていた。従うしかないのだ。幼心にも無意識に感じ取っていたのだろう。だから今でも抵抗なくこうしていられる。少しでもそこに疑問を感じれば、そこから抜け出せなくなってしまう。この日常を壊してしまうに違いない。


 これで善いのだ。私は間違っていない。感情を持たぬ事で私は保たれている……。


 今でもそれを堅く信じている。それでその扉の存在を認めようとはしない。扉の向こうに何があるのか知っているからだ。今の自分には必要のないものだ。

 だが、先程の言葉がその扉へと導く。a2は苛立ちを隠す事が出来ない。眉間に皺が入り、次第に表情が険しくなっていた。

 隣で眠っている悠の背中を横目で見ると、目を閉じ、静かに息を吐いた。そして自分に言い聞かせる様に心を鎮めた。


 鍵を捜し出そうと思うな。元々その扉に鍵など存在しないのだ。今のままで充分やっていける。そうすればその扉も朽ちて何時しか形を消して行く…。


 先程飲んだ薬が効いてきた様だ。a2の意識は朦朧として行き、心の蟠りも軈て姿を消して行った。


 明日ここを去ろう…。もしかして変動を受け始めているのかもしれない…。


 途切れる意識の中、a2はそう決意した。





 静まる夜は緩やかに時を刻んで行く。

 a2の頑なな思いに反して、錆びついた扉の鍵を持つ者は確かに存在しており、その扉の開く日が近づいている事など、この時は全く予測出来ずにいた。



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