愛も罪も
2
「よぉ、お早う!」
家を出て暫くすると、何時ものように前を歩いている理奈に声をかけた。
その声に体を硬直させ理奈が立ち止まる。そして様子を窺うように、横目で悠の顔を見た。悠は何時もと変わらぬ様子で平然としている。
「…おはよ」
理奈はどういった態度を取って良いのか判らず、悠の目を見る事が出来ず、ぎこちなく挨拶した。
悠の後ろ姿を見て昨日の出来事を思い出す。
何故、突然あんなにも強く抱き締められたのか。何故、何も言わずに去ってしまったのか…。何時もとは違う悠の様子に驚いて戸惑い、そして抱き締められた瞬間、少しでも心地好いと思ってしまった自分に、恥ずかしさを感じていた。その事が頭の中で整理出来ず、悠に対してどう接して良いのか困惑していた。
理奈より三歩先を歩いていた悠が振り返って声を掛ける。
「あ、家にいた怪我人、住田さんって言うんだけど、今日出て行く事になったよ」
「えっ…?」
話が唐突で理奈は反応する事が出来ない。
悠は理奈が横に並ぶのを待つと、歩調を合わせて構わず話を続けた。
「まだ怪我が完治してないんだよな。それなのに出て行くって、大丈夫なのかなあの人? 心配なんだよね、ちゃんと病院に行ってくれるといいんだけど」
「………」
昨日の事には触れず、淡々と話している悠に、理奈は言葉も返せず、ただ表情から悠の心情を読み取ろうと見つめていた。
「その人さ、変わった人で、要らない感情は持たないんだってさ。すごくキレイな顔をしてて、でも無表情なんだ。いつも冷静な顔して、多くは語らないんだよね。なんだか人形みたいだよな」
「あ……」
理奈が足を止め小さく声を出す。
「ん?」
「あたしもそんな人知ってる…。ほら、前に話したでしょ? ディスポウザーって言って、赤い糸の始末をする人。その人もね、髪の毛サラサラで整った顔をしてるの。だけど無愛想っていうか、素っ気無いっていうか、人に関心無さそうで冷めてるんだよね…」
「もしかして、その人だったりして」
「まさか…ね」
話に載ってきて、やっと何時もの理奈に戻り、悠は安堵して会話を続けた。
悠も昨日の出来事に全く無視をしていた訳ではなく、理奈と同様にどう接して良いのか不安に思っていた。だが自分でもあの時取った行動が何だったのか説明する事が出来ない限り、それを理奈に伝えるのは非常に難しい事で、逆に何も無かった様に、何時も通りに接した方がお互い楽なのではないかと考えて、敢えて何も触れなかった。だからといってこのまま有耶無耶にするつもりも無く、自分の気持ちが見えた時に、理奈にそれを告げるつもりでいる。
悠はその選択が正しい事を信じ、理奈と以前通りに振る舞い、心の距離を修復するのに努めた。