エリート上司の過保護な独占愛
「じゃあ、俺行くから……でもその前に」

 そのまま出ていくと思っていた裕貴が、紗衣の唇を奪う。ほんの少しだけ触れたキスだったけれど、場所が場所なだけに胸の鼓動が早くて、痛いくらいだ。

 してやったりといった顔の裕貴が、先に給湯室を出た。しかし紗衣はすぐにデスクに戻れそうもなかった。どうにかこのドキドキを収めなければ、仕事など到底手につきそうもなかった。

 しかし、現実は待ってはくれない。

「いけない。五時までに受注処理しなきゃ。後三十分しかない」

 そのままバタバタとデスクに戻り、山積みの書類を片付けているうちに終業時間になった。

 気がつくと裕貴は既にパソコンの電源を落としているようだ。ジャケットの前ボタンを留めると、行き先を書くホワイトボードに「直帰」と書いて、こちらを振り向いた。

「悪いが、今日はこのまま帰る。大丈夫か?」

 みな思い思いにうなずく。

「でも、課長が直帰なんて珍しいですよね。いつも一旦、社に戻ってくるのに」

「まぁ、こんな日もあるさ。じゃあ、後は頼んだぞ」

「はい」

 紗衣も皆と一緒に返事をする。一瞬だけ裕貴と目が合って、さっきのキスを思い出してしまった。

(仕事中なのに……集中集中!)

 頬をぺちぺちと叩いて、パソコンの画面に目を移したときだった。フロアにデザイン部の草野が現れた。キョロキョロしたところで、紗衣に気がついて近づいてきた。
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