エリート上司の過保護な独占愛
「いえそんな、気を遣ってもらわなくても大丈夫ですから」

 昨日のお詫びとして、相席に同意したのに気を遣わせるなんて本末転倒である。

「いや、でも俺ふたつもドーナツ食べられないし、それに会社でもいつも何かあると最後の残り物になるまで、手を出さないだろ。こういうときぐらい、自分の好きなほうを選べばいい」

 紗衣は「ありがとうございます」と言って、苺のチョコレートのかかったドーナツを自分の前に寄せた。裕貴の言葉に驚いて、それしか言えなかったのだ。

 (そんなところ課長に見られていたなんて)

 別に悪いことをしていたわけではないが、気恥ずかしい。それとともに、そんな些細な自分の行動を見てくれていたことが、うれしい。


「いただきます」

「どうぞ」

 裕貴が口元を緩ませほほ笑み、紗衣も自然な笑みを浮かべた。いつもの会社の上司と部下のときと違う空気がふたりの間に流れていた。

「本城が読んでるのって、それ仕事のため?」

 紗衣の手元の本に視線を向けている。

「あぁ、これですか……まぁ、直接ではないですけど。元々こういうの見るの好きなんです」

 広げて中身を見せると、裕貴も興味深そうに覗き込んだ。

「へぇ。結構細かいことまで書いてあるんだな……。今の仕事とは直接関係なくても、いつか役に立つ時が来るだろうし、俺はいいことだと思うよ」

 裕貴にとっては何気ない一言だったけれど、紗衣にとっては褒められたように感じて、くすぐったいようなうれしさを感じた。

 そんな紗衣の笑顔を見て、裕貴が安堵の表情を見せた。
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