エリート上司の過保護な独占愛
「ここでこんな話をしても、仕方ないし。誤解は解けたんだから、この話はこれでおしまいにしよう」

 苦笑いの彼に、沙衣も同じような表情で返した。裕貴がコーヒーをひと口飲むとそれを境に気まずい雰囲気が幾分緩んだ。

「本城は、ここによく来るの?」

「実はお休みの日に来るのは、初めてなんです。仕事帰りには時々利用するんですけど」

 沙衣にしては頑張って会話を続けた。昨日みたいに、変な態度をとって誤解させることのないように、普通にふるまうように努めた。

「俺はここの近くに住んでるから、平日休日関係なく使ってる。このあたりじゃ、ここが一番品揃えがいいし」

「たしかに、マイナーな本もたくさんあるような気がします。これも、他の本屋さんじゃ見たことなかったから」

 さっきまで夢中で読んでいた本のことだ。

「他にはどんな本を読むんだ? ちょっと見てもいい?」

 沙衣がうなずくと、テーブルの上に置いてあった今日買ったばかりの本に裕貴が手を伸ばす。

「へぇ、これはレジ前に平積みになってるの見たことあるな。あ、この作家好きなのか? 実は俺もファンでさ」

 裕貴が手にしているのは、絵美に頼まれた純文学の本だった。作家の名前を目にしたことはあったが、実際に中身を読んだことはない。

 裕貴との会話を盛り上げたいならば、自分もファンであるというべきだろうか。そんなことが頭をよぎったが、やはり嘘はつけないと思い、正直に話をする。

「それ、実は私のじゃないんです。絵美さんに頼まれて」

「そうなのか、濱中が本を読むなんて意外だな」

 沙衣でさえそのイメージがないのだから、裕貴の意見ももっともだ。

「課長も絵美さんも読んでるなら、私も読んでみようかと思います。さっき冒頭を読んでみたらすごく面白そうだったので」

「そっか、もし読んでみて面白かったら、その作家の他の本、貸すよ」

「本当ですか?」

 思わず嬉々とした声を上げてしまったが、裕貴はそんな彼女を見てうなずいた。

「読んだら、感想聞かせて」

「はい」

 それからもふたりは、とりとめのない話をして時間を過ごした。それはお互いのカップの中身がなくなっても続いた。
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