風の旋律
「私は音羽に、ピアノを強要したことはなかった。
だけど音羽は、家のピアノを弾いているうちに、ものすごい速さで上達していった。
それが私にはこの上なく嬉しかった。
この子のピアノを、たくさんの人に聞いてほしい、認めさせたい、と思った。
初めてのコンクールで、優勝したとき、本当に嬉しかった。
……音羽はきっと…そんな私を見て、ピアノを弾こうと思ったんだろう…。
知らぬうちに、あの子にピアノを強要していたんだ…。
音羽は…弾いているときは笑わなかった。
私が褒めてはじめて笑っていた。
音羽が学校を嫌がるまで、私はそのことに気が付かなかった。
自分の喜びばかりを優先して、娘の気持ちに気が付かないなんて…
私は最低の父親だ。」
うなだれた亨さんに、僕は何も言えなかった。
しばらくしてふと顔を上げた亨さんは続けた。
「音羽は小さい頃、私にこう言った。
“お父さんが喜ぶと、お母さんも嬉しいんだって。”と。」
それは………?
「はぁ…。
私は…知らぬうちにピアノに縛り付けていた。
母親がいないことで寂しい思いをしているというのに、それを和らげるどころか、自分の寂しさを埋めるためにあの子を振り回して…
仕事ばかりして、もっと寂しい思いをさせてしまって…
あの子の苦しみに気付けなくて……。」
『亨さん……。
音羽は…亨さんが大好きなんですよ?
誇りに思ってるんですよ?』
「いや!恨んでるんだ。
自分をほったらかしにして助けてくれなかった上に、
善かれと思って休養につれ帰ってきた日本で、あんな目に遭って…………。
腕を……………。
ピアノだけじゃない。
生活のあらゆる面で支障が出る。
すべて……………私のせいなんだ………………。」
声を上げて泣き出した亨さん。
“父親として”………
なんて………
僕には分からない。