風の旋律
僕はそっとカーテンを開いた。
音羽はさっきと同じように、ベッドに上半身を起こして座っていた。
やはり顔は窓の向こうの暗い空を向いていた。
「来ないでって………言ってるのが分からないの?」
言葉とは裏腹に、声は寂しそうに縋るような響きを持っていた。
ゆっくりベッドのすぐ脇に立った。
今度は音羽も落ち着いていて、かわりに石像のように動かない。
目の前には…何も通されていない虚しい服の袖。
「私には……ピアノしかなかったの…。
お父さんに誉められる方法も、夢のなかのお母さんに笑ってもらう方法も………
全てピアノだったの。
ピアノだけが、私の心の隙間を埋めてくれたの。
誉められて、舞台で拍手をもらってはじめて、私は私の存在を実感できた。
“生きてる”って実感できた…。
周りの人達も、私がピアノを弾くことで私を認識してたの。
それが私をこの世界に存在させていたの。
ピアノは私の過去であり、現在であり、未来だった…。
それを失った今……
私には何の価値もない……
私はもう世界から消えたの。」
『…………………。』