風の旋律


僕はそっとカーテンを開いた。




音羽はさっきと同じように、ベッドに上半身を起こして座っていた。






やはり顔は窓の向こうの暗い空を向いていた。






「来ないでって………言ってるのが分からないの?」





言葉とは裏腹に、声は寂しそうに縋るような響きを持っていた。






ゆっくりベッドのすぐ脇に立った。





今度は音羽も落ち着いていて、かわりに石像のように動かない。






目の前には…何も通されていない虚しい服の袖。







「私には……ピアノしかなかったの…。



お父さんに誉められる方法も、夢のなかのお母さんに笑ってもらう方法も………


全てピアノだったの。



ピアノだけが、私の心の隙間を埋めてくれたの。



誉められて、舞台で拍手をもらってはじめて、私は私の存在を実感できた。



“生きてる”って実感できた…。




周りの人達も、私がピアノを弾くことで私を認識してたの。




それが私をこの世界に存在させていたの。





ピアノは私の過去であり、現在であり、未来だった…。





それを失った今……




私には何の価値もない……




私はもう世界から消えたの。」








『…………………。』










< 130 / 139 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop