風の旋律
「君の演奏からは、音楽への意欲を感じない。」
真剣な瞳で広瀬を見つめた亨さん。
それでも広瀬は顔色ひとつ変えなかった。
まるで亨さんの言ったことが当たり前のことのように。
「自分の音を観客に伝えたいという思いも、君の音楽に対する思いも、君が曲をどう解釈したのかも…一切感じなかった。
君はこれからどうするつもりなんだ?」
少し声を荒げかけた亨さんは、音符ちゃんの存在を気にしてか、最後は心配そうな表情で柔らかく問い掛けた。
広瀬は少し曇った空を仰いで息を吐いた。
ヨーロッパの時代映画に出てきそうな街並の真ん中で、少し肌寒い空気の中に息を吐き出した広瀬。
朝方の通りには、人はまばらで、しかもここは、音大の寮が連なっていて、音楽関係の人間くらいしか通らない。
静かな空気を破った広瀬の声は、ひどく虚しく響いた。
「僕は音楽に真剣になったことはありません。」
この広瀬の言葉に、亨さんも顔色ひとつ変えなかった。
静かに話しだした広瀬は、やはり高校生の表情ではなかった。
まるで、人生に疲れ切ったサラリーマンのようだった。