風の旋律
『……どうして謝るの?』
「私…祐介が羨ましかった。
“ショパンの申し子”なんて呼ばれてた私が…
急にショパンが弾けなくなった。
技術的な問題より、精神的に弾けなくなったの。
他の曲は弾けるのに、ショパンを弾こうとすると、手が震えて…嫌なことばかり頭を走って…。
だから羨ましかったんだと思う。
ショパンを弾ける祐介が。」
『……………。』
「私がショパンを弾けなくなったのは…
全部が全部島村先生のせいじゃないの。
学校やコンクールで会う同年代の人たちはみんな、私を“七光りピアニスト”なんて呼んでた。
“実力はないのに、親のおかげでここまで残ってられてる”なんて言われて。
私は島村先生の言うとおり、私には実力なんてはじめからなかったんじゃないかって。
急に周りの目が怖くなった。
いつか、皆、気がつくんじゃないかって。私には大した才能もなくて、お父さんの力で甘く見られてただけってことに。
それまで、自分の自由に弾いてきたけど、それじゃ認められなくなるときが来るんじゃないかって。
私はお父さんのように、音楽を仕事にして生きていきたい。
でももし、私のピアノが認められなかったら?私は自分の音楽を変えられる?
未来が見えなくて、怖くて怖くて、ピアノに向かうのも怖かった。
でも、日本に帰ってきて、ショパン以外の曲は弾けるようになった。
争う人も、プロの目も無くなったからかな?
それでもショパンだけは弾けなくて…、そんな時、祐介に会った。
祐介の音は私の音に似てて、祐介となら、私は弾けるようになるんじゃないかって思った。」