御曹司の蜜愛は溺れるほど甘い~どうしても、恋だと知りたくない。~
山邑リゾートは、基本的に終業時間になればあっという間に人々はいなくなる。
「おつかれー」
「お疲れ様です」
社員たちが口々に挨拶をかわして、どんどん部屋から出ていくのを横目で見ながら、早穂子は少し遅れてパソコンの電源を落とした。
総務を出てエントランスへと向かっていると、
「蓮杖さぁん~!」
と、背後から元気な声が響く。
周囲を見回すと、エレベーターから夏川ゆずが手を振りながら近づいてくるのが見えた。
「あ、夏川さん」
「今帰り?」
「うん」
こっくりとうなずくと、夏川が目をキラキラ輝かせながら顔を覗き込んでくる。
「よかったら、一緒に食事でも行かない? なにか用事ある?」
「ないよ」
早穂子が首を振ると、
「よし、じゃあ行こう! 私、お昼くいっぱぐれてペッコペコなんだぁ!」
ゆずはパッと明るい笑顔に変わると、それから早穂子の腕を取ってさっそうと歩き始めた。
少々強引に見えるかもしれないが、自分から誰かを誘うのが苦手な早穂子は、このくらいの距離感のほうが助かる。
始のことばかり考えてずっと気が重かったので、彼女の誘いはむしろありがたいくらいだった。