御曹司の蜜愛は溺れるほど甘い~どうしても、恋だと知りたくない。~

涼音は早足で始に駆け寄ると、それから顔の前で軽く手を合わせて、『ごめんね』と始に謝っている。
その仕草はクールな美貌をもつ彼女には少し幼くて、けれど早穂子の目には、とても愛らしく映った。

胸がずきん、と痛くなる。

始は涼音を迎えるために、副社長室から降りてきたのだろう。

(言ってた仕事って……涼音さんとだったんだ)

彼女は波佐見焼の工房のオーナーだ。

友人関係の延長で、寝具のKOTAKAのように山邑リゾートと業務上の繋がりがあるのかもしれない。

いや、そもそも涼音は『バッカスの会』の創設メンバーで、始とは親しい間柄だ。自分よりも二人の間には歴史がある。
始のテリトリーは、始が作るもの。

彼が誰に会おうが自由だし、仕事であるならば、気にしないようにするしかない。

始と体の関係を持ってから何度も、自分に言い聞かせた言葉を早穂子は必死に胸の内で繰り返す。

(そう……だから、気にしないんだ……)

ぎゅっと唇を引き結び、この場を立ち去ろうとしたのだが。
始の前に立っていた涼音が、スマホをバッグに仕舞いながら肩越しに振り返り、早穂子に向かって微笑みかけてきて――。
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