御曹司の蜜愛は溺れるほど甘い~どうしても、恋だと知りたくない。~
次は――。
そう口にした瞬間、早穂子の鼻の奥はツンと痛くなったけれど、ここでは不思議と涙は出なかった。
自分の気持ちを誤魔化してでも、どんな形でもいいから始のそばにいたかった。
だからずっと長い間ウジウジしたり、メソメソしたりして悩んでいたはずなのに、別れを決意した今、早穂子の心は凪のように落ち着いている。
「――早穂子」
彼はゆっくりと呼吸を整えた後、早穂子の肩に手を乗せて、顔をまっすぐに見つめた。
「仕事辞めるとか、言わないよね」
「――続けていいんですか?」
「当たり前でしょ」
始はふっと笑って、それから早穂子の短くなった襟足に指をはわせる。
「君の長い髪が好きだったけど、思いのほか短いのも似合ってるよ。かわいい」
「私もわりといいんじゃないかって、思ってます」
こくりとうなずくと、始は両手で早穂子の頬を包み込んだ。
「――今までありがとう」
そう言う彼の目は、とても穏やかで優しかった。
ただ一方的に可愛がられるだけじゃない、ひとりの人間として見てもらえている気がした。
「はい。私こそ……ありがとうございました」
早穂子は笑ってうなずきながら、彼の手の甲に自分の手のひらを重ねる。
どちらからともなく、顔が近づき、唇が一瞬だけ重なる。
最後のキス。
そして始は、どこか後ろ髪を引かれるように部屋を出て行った。