御曹司の蜜愛は溺れるほど甘い~どうしても、恋だと知りたくない。~
しばらくして、鼻歌が聞こえてきた。
英語ではないとわかるくらいで、何語かはわからないが、優しいゆったりとしたメロディである。
(男のひと……?)
男性社員も、早穂子が眠っているとは思っていないのだろう。真横を通り過ぎて、斜め上のあたりのベッドに身を投げ出す気配があった。
「――はぁ……」
歌をやめて吐き出されたのは、少しかすれた声で。声を聞いた瞬間、早穂子はハッとしたのだ。
(副社長の声に似てる……)
山邑始。太陽が色とりどりのお花をしょって歩いているような、特別なオーラを漂わせた美男子だ。
その華やかな風貌、身分、軽快な会話術は、正直に言えば嫉妬の対象であり、逆に嫌われる要素にもなりそうなものだが、彼を見て話してしまうと、嫌いになるのはなかなか難しいような、そんなタイプだった。
「疲れたなぁ……」
また独り言が聞こえた。
(やっぱりそうだ……!)
重いものを吐き出すような声を聞いて、早穂子は確信した。
朝早くからレストルームにやってきたのは、副社長の山邑始だったのだ。
(副社長……疲れてる?)
彼が“疲れた”と口にしたことは、正直言って意外だった。
彼は決して人前でそんなことを口にするタイプではないと思っていた。
だが彼だって人間だ。疲れることもあるだろう。そしてなにより彼が疲れたと口にしたのは、ここに誰もいないと思っているからだ。
(どうしよう……)