紡ぎ会い、紡ぎ合う。

 彼の出した本はあるだろうか?

 ペンネームを探すと、書店で最も目立つレジ前の大きな棚に彼の新刊がこれでもかというほど平積みされていた。彼の書く小説はミステリーや青春群像劇ばかりだったので今回も当然そうなんだろうなと思ったら、意外にも恋愛ものだった。

 作品のタイトルは『またね』。

 音を立てて大げさに胸が跳ねた。ふつふつと心が熱くなってくる。かつて一方的に別れを告げた私への嫌味だろうか?

 読みたくないのに読みたい。
 読みたいのに読みたくない。

 矛盾した心持ちでページをめくった。

《「またね」

 心から再会を望む言葉。そして、このセリフには、二度と会いたくないと暗に伝えるニュアンスもある。

「またね」

 なんて耳触りがいい響きなのだろう。身を裂かれるような別れの痛みをうんと和らげてくれる。相手の心が全く正反対だったとしてもその一言があるだけで再会への望みを持ってしまう。


 僕は弱い人間だ。彼女を好きになり愛してからはそれを包み隠す強さを手に入れ、同時にさらなる弱さも内に生まれた。

 ただ一人の人と知り合い、恋い焦がれ、互いのぬくもりを感じ、心を重ねる喜びを、今日も思い出す。たしかに僕は恋をしていた。隣の席の彼女に。


 日本のどこにでもある珍しくもない平凡な出会いだった。それでも、二人の間でしか感じられなかったあの想いは宇宙でたったひとつの月が存在することと同等の奇跡だと思う。何度も何度も訪れたりはしない大切なものだ。》
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