風薫る
「なんて、どうかな」


黒瀬君が照れているのは、私が見つめているからだけではないと思う。


頷いた私に微笑む黒瀬君の口元は、いつもより緩やかに弧を描いている。


そして、そんなことを言ってもいいのなら、私だって言おう。


「黒は影の色だよ、黒瀬君」

「そうだね……?」


あのね。


首を傾げる黒瀬君の袖を引いて、肩を下げてくれたその耳に、内緒話をする子どものように口を寄せる。


「黒瀬君が隣にいてくれるとき、私に落ちる影の色だよ」


私の、


「一番好きな、安心する色だよ」

「っ」


袖を掴んで離さないでいると、払うことはできただろうに、私の手を払わないままで黒瀬君がゆっくりこちらを向いた。


私は背が低い。大抵の場合影が落ちる。


でも、黒瀬君ほど私のそばにいて、黒瀬君ほど私を気遣ってくれて、黒瀬君ほど優しく笑ってくれる影の持ち主を私は他に知らない。


黒瀬君だけだ。これほど濃い影を落として、私が嫌じゃないのは。


黒瀬君だから、こうやって、


「木戸さん」


抱きしめられても嫌じゃない。
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