風薫る
私だって照れている。何を意味するかも知っている。


けれど、そんなことは置いておいて、せっかく詰まった距離をもう少し縮めたい。


何だか、このときを随分待っていた気がした。


「私に触っていい人は私が決めるけれど」

「……うん」

「黒瀬君は嫌じゃないよ」


きゅう、と黒瀬君が力を強めた。


「木戸さん」

「うん。なあに?」


俯いたまま聞けば。


「木戸さんの顔が、見たい」


私の背中に回している手を、黒瀬君が組んだのが分かった。


輪に身体を預けるみたいにして少し体を離して、誘われるままに黒瀬君を見上げる。


「さっきは駄目って言ったのに」


からかうと、黒瀬君が困った顔をした。本人の言うとおり、一面赤い。


「やっぱり見たくなったんだよ」


風が前髪の先を静かに揺らす。


美しく赤かった空は、ぽつぽつと黒が混じり始めて明度が下がってきている。


……黒瀬君の色だなあ。


「自分の気持ちを押しても?」

「木戸さんの方が大事」


さっきも言ったけど、と、黒瀬君は前置いた。
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