風薫る
「俺にとって木戸さんは図書室を彩る人だ」


真面目な瞳は腕とあいまって、私を簡単には離さない。


黒瀬君の顔が近い。


「俺は、毎日木戸さんに会いたいよ」

「っ」


黒瀬君は。この優しい人は。


なんてことを言うんだろう。

なんて幸せで、勘違いしそうなこと。


「私だって、……隣は黒瀬君がいいよ」


黒瀬君ほど仲がいい男友達なんていないから、必然的にそうなるだけ、とも言えるけれど。


「他の選択肢なんてないよ、私は」


拗ねた口調に黒瀬君が苦笑する。


「俺は嫌かな」


え。


うわ、待って。


待って、間違っただけで……!


「い、嫌!? 違う違う、そんなわけないよ! ごめん言い方間違えちゃったの、違うの……!」


全力で焦る私に、黒瀬君は「うん」と短く穏やかに頷いて、そっと微笑んだ。


「でもほら、家族とか友達とか……彼氏、とか、隣にいたい人はいっぱいいるでしょ」


彼氏。

縁遠い言葉に一瞬意味を掴み損ねる。


なんで黒瀬君からそんな話題が出てくるんだろう、と頭が固まって。


一拍置いてはっとする。


空いた間に、意味はあるのかな。
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