風薫る
あの日以来黒瀬君は、読書後、送るよ、と確認のように私を振り返ってくれるようになった。


甘えて一緒に帰っている。


暗闇は黒瀬君の色だ、とせっかく気づいたけれど、休日は滅多に外出しないので、ここのところ、考える間もなく黒瀬君が隣にいてくれる暗さが続いている。


今日も、また。

微笑む黒瀬君が横にいる。


「っ、木戸さん」

「うん?」

「危ないよ」


軽く手首を引かれて後ろに下がった私の右足は、赤信号なのに横断歩道に足先をかけていた。


うわあ……危ない。


黒瀬君がいてくれてよかった。


「ごめん、ありがとう」

「大丈夫だよ」


こちらに微笑みを寄越した黒瀬君が、青に変わった信号を渡り始めた。


後ろ姿を追いかける。


この辺りは信号が多い。ぼーっとしていると存外危険なのだった。


それにしても、最近スキンシップ、というか何というか、黒瀬君が触るのに躊躇わなくなっている。


今までなら注意するだけだっただろうと思うけれど、最近は今みたいに自然に腕を引く。


いとも簡単に触れられるけれど、慣れていない私は反応に困ってしまう。


そうして、そろりそろりと黒瀬君を見上げると、あまりに優しい微笑みが待っている。
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