風薫る
「木戸さん……!」

「わあっ」


焦った声で私を呼んで、腕を伸ばした黒瀬君に強めに手首を引かれた。


姿勢が大きく崩れて、思わず声を上げる。


「わー!?」


結局上手くバランスを取れなくてたたらを踏んだ。


足がもつれてしまって、ぐるぐるよたよたしながら黒瀬君の方に倒れそうになる。


ぶつかる……!


「避けて黒瀬君ー!」


ぎゅう、と目を閉じて固い地面を待ち受けたんだけれど。


「……何でそうなるかな」


小さな呟きが耳元で落とされた。少し拗ねているみたいな声色。


とん、と軽い衝撃が来て、抱きとめられたことだけは閉じた目でも分かった。


そろりと目を開けると、当然目の前に黒瀬君が見えて。


「木戸さん、大丈夫?」


ものすごく至近距離に黒瀬君の顔があって固まった。


私を支えたまま、心配そうにこちらを覗き込んでいる。


「だ、大丈夫……! ごめんね、ありがとう!」

「いえいえ。無事でよかった」


優しく笑った黒瀬君にもう一度お礼を言って、でも、と続けた。
< 114 / 281 >

この作品をシェア

pagetop