風薫る
「…………黒瀬君。黒瀬君、手、あの」


慌てて手を離そうとわたわたすると、黒瀬君がそっと握る力を強めた。


「……危ない、から」


掠れた囁きを聞くのは、もう何度目だろうか。


掠れるのは照れているからだってとっくに気づいているけれど、黒瀬君は自覚しているだろうか。

私だって照れている。照れる。


とりあえず、黒瀬君の大きな右手をどうにかしないと。


「黒瀬君」

「うん」

「黒瀬君」

「……うん」


手を、と言いかけると、また少し力を強めた黒瀬君に何も言えなくなった。


もう。

本当にもう。


お互いに手が熱い。顔がほてる。

黒瀬君は私を車道側にしようとは絶対にしなかった。

歩幅を合わせてくれている。


別に私は、黒瀬君と手を繋ぐのが嫌なわけじゃない。


でも、この沈黙があまりに照れくさくて、あまりにお互いの体温が上がっているのが分かりやすくて、ちょっとこう、耐えられない。
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