風薫る
黒瀬君が小さく口を開く。


「……入れてくれたり、します、か」

「っ」


言ってみて尻すぼみになるのなら言わないで黒瀬君!

ついでに言うと敬語になってるよ!


か、がほとんど聞こえない。


ああもう、本当にもう、黒瀬君は。


黒瀬君と一緒の傘だなんて、絶対に駄目なのは最初から分かりきっている。


頭が真っ白になって、顔が真っ赤になって、心臓が保たなくなってしまう。


そんな悲しい確信があった。


身長差を活かしてうつむいていたって、多分どうしたのって素面で顔を覗き込まれるし、見られたら絶対もっと暴発するし。


黒瀬君に情けないところは見せたくないので、一緒の傘は最終手段にしたかった。


落ち着け、落ち着け私。


意地で深呼吸を繰り返した。


「あの」


いいよって言うべきかな。

でも何だかすごく、すごーく恥ずかしい気がする。


考えても考えても、ええと、しか出てこない。


「あ、うんそうだよね、……ごめん」


どもったのを否定と取った黒瀬君が目を逸らした。


……うう。違うんだよ、違うんだけれど。


この沈黙と、お互いの赤い顔と、胸につかえるような甘さに、どうしようもなく混乱していた。
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